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目次

茨城高校のWiki

  〜茨城 2〜0 太田第一高等学校
  〜茨城 2〜0 勝田高等学校

サッカー部

・ 令和4年度
  茨城県高校サッカー新人大会 水戸地区予選
 ・ 第1試合 茨城 4〜1 那珂湊・茨城東・茨城朝鮮・常陸大宮・大子清流合同チーム
 ・ 第2試合茨城 0〜3 常磐大高

卓球部

・ 平成26年4月 関東高校水戸地区予選 県大会出場

バドミントン部

硬式テニス部

class="wikitable"
平成n年度
地域区分
大会名
男女
部門
成績
-
4
全国
東京大会

団体

-
7
全国
名古屋大会

団体

-
9
全国
尾道大会

団体

-
10
関東
新人


3位(4回戦敗退)
-
11
全国
山形大会

団体

-
11
関東
新人


3位(4回戦敗退)
-
11
関東
新人


ベスト16(2回戦敗退)
-
12
全国
浜松大会

団体

-
12
全国
浜松大会

ダブルス

-
12
関東
新人


1回戦敗退
-
13
全国
広島大会

ダブルス

-
13
関東
新人


ベスト16(2回戦敗退)
-
13
関東
新人


1回戦敗退
-
14
全国
東京大会

団体

-
14
関東
新人


1回戦敗退
-
14
関東
新人


1回戦敗退
-
15
関東
新人


ベスト16(2回戦敗退)
-
15
関東
新人


1回戦敗退
-
16
全国
高松大会

ダブルス

-
16
関東
新人


ベスト8(3回戦敗退)
-
17
全国
名古屋大会

団体

-
17
関東
新人


1回戦敗退
-
17
関東
新人


1回戦敗退
-
26
茨城県
新人選手権大会

団体
2位(関東大会出場)
-
27
茨城県
新人選手権大会

団体
3位
-
28
茨城県
関東大会県予選

団体
ベスト4
-
28
茨城県
全国総体県予選

団体
ベスト4
放送部

・ 令和5年度
  第70回NHK杯全国放送コンテスト・茨城県予選 出場 (入賞せず)
 ・ 朗読部門4名 アナウンス部門4名
 茨城県放送コンテスト新人大会 出場 (入賞せず)
 ・朗読部門3名 アナウンス部門3名
・ 令和6年度
  第71回NHK杯全国放送コンテスト・茨城県予選 出場 (入賞せず)
 ・ 朗読部門4名 アナウンス部門3名
  茨城県高等学校放送コンテスト 出場(入賞せず)
 ・ 朗読部門6名 アナウンス部門1名
・令和7年度
 第72回NHK杯全国高校放送コンテスト・茨城県予選 出場(入賞せず)
 ・朗読部門4名 アナウンス部門3名

JRC部

・ 第1位 令和5年度水郡線利用促進に係る高校生ワークショップ 水郡線レスキュー隊〜チームいばこう〜)「水郡線利用促進プロジェクト」

・ フォーク部

茨城中学校・高等学校 共通

弓道部

(この節の出典:)

以下は中学弓道部の記録である。
class="wikitable"
平成n年度
地域区分
大会名
男女
部門
成績
学年
-
13
水戸市
中総体

団体
第2位

-
13
水戸市
中総体

個人
第2位
中2
-
13
水戸市
中総体

団体
第3位

-
13
中央地区
中総体

個人
優勝
中2
-
13
中央地区
中総体

団体
第3位

-
13
茨城県
中学生

団体
第3位

-
13
茨城県
県民総合

団体
第3位

-
13
茨城県
中野優勝旗記念

団体
第3位

-
13
茨城県
中野優勝旗記念

個人
第3位
中2
-
13
水戸市
中学新人

団体
優勝

-
13
水戸市
中学新人

個人
優勝
中2
-
13
水戸市
中央地区

個人
優勝
中2
-
13
水戸市
中学新人

団体
第3位

-
13
水戸市
中央地区

団体
第3位

-
14
水戸市
水戸市中学総合体育大会

個人
優勝
中3
-
14
水戸市
水戸市中学総合体育大会

団体
優勝

-
14
水戸市
水戸市中学総合体育大会

団体
第3位

-
14
中央地区
中央地区中学総合体育大会

個人
第3位
中3
以下は高校弓道部の記録である。
class="wikitable"
平成n年度
地域区分
大会名
男女
部門
成績
学年
-
13
水戸地区
夏季弓道

団体
第2位

剣道部

class="wikitable"
平成n年度
地域区分
大会名
男女
部門
成績
対戦校
-
rowspan="2" 20
rowspan="5" 水戸
rowspan="5" 総体

rowspan="2" 個人
3位,11位
不明
-
rowspan="3" 男
16位
不明
-
rowspan="3" 21
団体
3位
不明
-
rowspan="2" 個人
7位
不明
-

6位
不明
-
rowspan="6" 22
rowspan="6" 茨城県
rowspan="3" 新人兼全国大会茨城予選Cite webtitle:平成22年度茨城県高等学校剣道新人大会
兼第20回全国高等学校剣道選抜大会茨城県予選会url:https://www.kendo.koutai.ibk.ed.jp/wysiwyg/file/download/13/170access-date:2025-09-22

rowspan="2" 男
rowspan="3" 団体
3-3
水戸工業
-
3-7
波崎
-

1-2
鹿島
-
rowspan="3" 第43回茨城県高等学校剣道勝ち抜き大会
rowspan="3" 男
rowspan="3" II部
rowspan="2" 勝ち
茨城キリスト
-
石岡第一高校
-
負け
総和工業
・ 平成27年度
  第62回全国高等学校剣道大会茨城県予選会第5位
  水戸市民体育祭第3位
  秋季水戸地区大会第2位

水泳部

(平成13年度・14年度の出典:)
class="wikitable"
平成n年度
地域区分
大会名
男女
部門
成績
学年
-
13
茨城県
国体予選

団体800mリレー
優勝

-
13
茨城県
国体予選

個人100m背泳ぎ
第2位
高2
-
13
茨城県
国体予選

団体400mメドレーリレー
第2位

-
13
茨城県
国体予選

団体 総合
第2位

-
13
茨城県
国体予選

団体 400mリレー
第3位

-
13
茨城県
国体予選

個人1500m自由形
第3位
高1
-
14
茨城県
総体

団体 400mリレー
第2位

-
14
茨城県
総体

団体 400mリレー
第2位

-
14
茨城県
総体

団体 800mリレー
第3位

-
14
茨城県
総体

個人 50m自由形
優勝
高3
-
14
茨城県
総体

個人 100m背泳ぎ
第2位
高3
-
26
関東
中学大会

100m 200m平泳ぎ
(出場)
中学
-
26
水戸市
総体


総合2位

-
26
水戸市
総体


入賞種目あり

-
26
水戸市
新人


総合優勝

-
26
中央地区
総体

入賞種目あり

-
26
中央地区
新人

入賞種目あり

-
27
関東
中学大会

400m 800m 自由形

中学
-
27
水戸市
総体


総合優勝

-
27
水戸市
総体


入賞種目あり

-
27
水戸市
新人


2位

-
27
水戸市
新人


入賞種目あり

-
27
中央地区
総体

入賞種目あり

-
28
全国
中学大会

高飛び込み

中学
-
28
水戸市
総体


3位

-
28
水戸市
総体


入賞種目あり

-
28
水戸市
新人


4位

-
28
水戸市
新人


入賞種目あり

-
28
中央地区
総体

入賞種目あり

-
28
中央地区
新人

入賞種目あり

吹奏楽部

・ 吹奏楽コンクール茨城県大会 高校A部門 25回連続金賞(1997年〜2023年)
・ 吹奏楽コンクール東関東大会 高校A部門 20回出場
・ 全日本高等学校吹奏楽大会in横浜 9回連続出場(2014年〜2023年)
・ 2020年度アンサンブルコンテスト中央地区大会
  高等学校部門
 ・ クラリネット4重奏 優秀賞(地区代表)
 ・ 打楽器4重奏 優秀賞(地区代表)
 ・ 金管8重奏 優秀賞(地区次点)
 中学校部門
 ・金管8重奏 優秀賞(地区代表)
 ・打楽器5重奏 優秀賞(地区代表)
 ・クラリネット4重奏 優秀賞(地区代表)
 第55回茨城県アンサンブルコンテスト
 ・高等学校部門
  クラリネット4重奏 金賞
  打楽器4重奏 銀賞
 ・中学校部門
  金管8重奏 金賞(茨城県代表)
  打楽器5重奏 金賞
  クラリネット4重奏 銀賞
 第26回東関東アンサンブルコンテスト
 ・中学金管8重奏 銅賞
 2021年 第23回ソロコンテストいばらき
 ・高等学校の部
  アルトサクソフォン 優秀賞
  トロンボーン 優秀賞
・2025年度
 4月
 ・第23回ジュニア打楽器アンサンブルコンクール 高校生チーム 最優秀賞
 7月
 ・第65回茨城県吹奏楽コンクール中央地区大会 中学生の部B部門 優秀賞
 8月
 ・第65回茨城県吹奏楽コンクール県大会 高校生の部A部門 金賞 県代表
 9月
 ・第31回東関東吹奏楽コンクール 高校生の部A部門出場 銀賞(茨城県2位) 

競技かるた部

・ 全国高等学校小倉百人一首かるた大会(近江神宮)過去4回出場2008〜2011
・ 平成26年度 全国高等学校総合文化祭 県代表に2名選出
・ 平成29年度 第24回関東高等学校小倉百人一首大会出場
・ 平成30年度 第36回全国競技かるた東京吉野会大会

史学部

・ 2016年 第10回全国高校生歴史フォーラム 優秀賞受賞
・ 2020年1月 『茨高紀要』43号「鹿島鉄道廃線跡とその利用」掲載

生物部

・ 日本生物学オリンピック2012 銀賞
・ 毎年、夏季休業中に入笠山で生物調査を行っている。

化学部

・ 2023年度 科学の甲子園 県大会出場

陸上部

・ 第52回全日本中学校陸上競技選手権大会、女子800m出場

囲碁・将棋部

斜線のものは囲碁を示しそれ以外は将棋。
class="wikitable"
平成n年度
地域区分
中学/高校
大会名
部門
成績
学年
-
13
茨城県
高校
春季
個人B級
優勝
1年
-
13
茨城県
高校
春季
個人A級
3位
2年
-
13
茨城県
高校
春季
個人B級
3位
1年
-
13
茨城県
高校
竜王戦
個人E級
優勝
3年
-
13
茨城県
高校
竜王戦
個人E級
優勝
1年
-
13
茨城県
高校
竜王戦
個人B級
準優勝
1年
-
13
茨城県
高校
竜王戦
個人D級
優勝
1年
-
'13''
'茨城県''
'高校''
'囲碁''
'個人C級''
'2位''
'1年''
-
'13''
'茨城県''
'高校''
'囲碁''
'個人''
'3位''
'3年''
-
28
茨城県
中学
棋戦対抗
団体
3位

-
28
茨城県
高校
選手権
団体A
ベスト8

-
28
茨城県
高校
選手権
個人A級
準優勝

-
28
全国
高校
選手権
個人A級
ベスト32

-
令和n年度
地域区分
中学/高校
大会名
部門
成績
学年
-
3
茨城県
高校
選手権
団体A
優勝

-
3
茨城県
高校
秋季
男子A級
優勝
2年
-
33
茨城県
高校
秋季
男子B級
優勝(5戦全勝)
1年
-
33
茨城県
高校
秋季
男子B級
4位入賞
1年
-
3
関東
高校
高文連

初戦敗退
2年
-
4
茨城県
高校
竜王戦
個人A級
優勝
1年
-
4
茨城県
高校
竜王戦
個人A級
4位
1年
-
4
茨城県
高校
竜王戦
個人B級1組
3位
1年
-
4
茨城県
高校
竜王戦
個人B級3組
3位
1年
-
4
全国
高校
総合文化祭
男子団体
5位

-
rowspan="2" 4
colspan="3" rowspan="2" 茨城オール学生大会
rowspan="2" 個人
優勝
1年
-
3位
1年
-
4
colspan="3" 第5回FUYOU杯 茨城県アマ将棋最強戦
個人
1勝3敗
1年
-
4
茨城県
高校
総合文化祭
個人
優勝
1年
-
4
茨城県
高校
総合文化祭
個人
3位
1年
-
4
茨城県
高校
総合文化祭
個人
6位
3年
-
4
茨城県
高校
秋季
個人A級
優勝
1年
-
4
茨城県
高校
秋季
個人A級
準優勝
1年
-
4
茨城県
高校
秋季
個人B級
優勝
1年
-
4
関東地区
高校
高文連

5位
1年
-
4
関東地区
高校
高文連

敗者復活戦準決勝敗北
1年
-
5
茨城県
高校
春季
男子個人A級
優勝
2年
-
5
茨城県
高校
春季
男子個人A級
準優勝
2年
-
5
茨城県
高校
春季
女子個人
準優勝
1年
-
5
茨城県
高校
春季
男子個人A級
敗者戦優勝

-
5
茨城県
高校
春季
男子個人B級
4位

-
5
茨城県
高校
春季
男子団体A級
準優勝

-
5
茨城県
高校
春季
男子団体B級
チームA準優勝

-
5
茨城県
高校
春季
男子団体B級
チームB 4位

英語部

・ 茨城県高等学校国際教育英語スピーチコンテスト県知事賞(優勝) 2回
・ 茨城キリスト教学園総長杯 プレゼンテーションの部 優勝

コンピューター研究部

・ 平成27年度 パソコン甲子園2015プログラミング部門予選にて県内で第1位(24チーム 中)

過去に存在した部活動

・レスリング部
  1956年 国体出場
  1958年 全国大会団体4位
  1959年 55kg 国体3位
  1964年 2名が国体において4位に入賞
・ ボクシング部
  1956年 国体出場
  1960年 ライト級 全国3位
  1967年 全国大会総体ライトミドル級優勝
  1980年 全国総体ヘビー級において優勝
・体操部
 1971年 全国高校総体で国体団体3位

同窓会


同窓会は終身会員制によって運営され、学校同窓会、地域同窓会、職場同窓会、部活同窓会、学年同窓会が存在している。

茨城中学校・高等学校の同窓会には以下の支部が存在しているので、それを種類別に分類して以下に記す。

茨城中学同窓会

2024年11月、創立100周年記念募金と称して、同窓会長が1000万円を学校に寄付した。

茨城高校同窓会

2024年11月、創立100周年記念募金と称して、同窓会長が3000万円を学校に寄付した。

ひたちなかいばら会

2024年11月、創立100周年記念募金と称して、同窓会長が5万円を学校に寄付した。

みとしんいばら会

水戸信用金庫の社員によるものであり、1988年に発足された。2015年4月当時の会員は50名。2024年11月、創立100周年記念募金と称して、同窓会長が5万円を学校に寄付した。

常陽銀行茨高会

常陽銀行の社員によるものであり、1979年に発足された。発足当時の会員数は60名であり、2016年頃の会員数は150名(うち女8名)である。2024年11月、創立100周年記念募金と称して、同窓会長が100万円を学校に寄付した。

水戸市役所茨高会

2016年頃の会員は89名(うち女5名)。2024年11月、創立100周年記念募金と称して、同窓会長が10万円を学校に寄付した。

丈泳会

水泳部のOB・OGによるもの。

弓道部OB・OG会

弓道部のOB・OGによるもの。中学・高校合同であり、備品や遠征費の提供や、不定期ながら卒業生による指導といった支援を行っている。

茨城放蕩会

(この節の出典:)
date:2025年3月

分類不可或いは不明なもの

一八会同窓会

2024年11月、創立100周年記念募金と称して、同窓会長が5万円を学校に寄付した。

年間の学校行事


おおよそ行われる順に記す。過去に行われていたものには*を記す。

4月

・ 始業式
・ 着任式
・ 中学入学式
・ 高校入学式
・ 全校集会
・ 対面式
・ スタディサポート・GPSテスト
・ 新入生オリエンテーション
・ 部活動紹介
・ 中高生徒会前期役員選挙公示
・ 第1回尿検査
・ 中学1年 オリエンテーション合宿
・ 校外学習
  平成31年度
 ・ 中2 - 筑波山
 ・ 中3 - 東京大学見学・選択見学(東京国立博物館・国立西洋美術館・国立科学博物館)
 ・ 高1 - 日光東照宮・足尾銅山
 ・ 高2 - お台場・吉祥寺・上智大学・国際基督教大学・東京理科大学
 ・ 高3 - 慶応大学・東京工業大学・東京理科大学
・ 高校2年 国際教養コース留学開始
・ 身体検査
・ 中高生徒会前期役員選挙投票
・ 心臓検診

5月

・ 眼科検診
・ 自転車安全講習会
  2013年に行われた講習会では、スケアード・ストレートという教育技法を用いたもので、プロのスタントマンが実際に交通事故の様子を再現し、自転車が車と衝突してボンネットにたたきつけられる様子には見ていた生徒から大きな悲鳴が上がった。
・ 定期試験
・ PTA総会
・ 防災訓練
・ 授業参観
・ 内科検診
・ 歯科検診

6月

・ 第1回第1次英語検定
・ 教育実習
・ 中学体育祭
  中学1年次に赤、青、黄、緑色にチーム分けがなされ、3年間その色分けによって競技が行われるため、クラス分けが行われても、自らのチームが変わることはない。4色対抗制で総合得点を競う。色を3年間持ち上がることで「縦のつながり」を学ぶための意図とされる。
  個人種目 - 狩り人競争・大福食い競争など
  団体種目 - 綱引き・リレーなど
  応援合戦 - 応援の完成度によって得点付けがなされ、各色ごとの応援リーダーを中心に創作ダンスを披露する。
・ 高校文化祭
  名称は茨祭(いばらさい)であり、毎年開催される。学級ごとのクラス企画を中心として、委員会ごと部活動ごとの有志団体による企画も行われる。一般公開に先立って、校内ではオープニングセレモニーが行われる。
  第一50年に回文化祭が行われ、11月1日・2日・3日・4日の4日間に渡って行われた。前半2日は体育祭を兼ね、後半2日は美術、化学、物理、電波、生物、史学、文芸部などが研究結果を披露した。新制高校としては珍しい規模ほど大きなであったという。
  1972年の高校3年の文化祭のサブタイトルは「放蕩祭」であり、放蕩息子を連想するタイトルと洗練されたポスター、奇抜で前衛的な大仮装行列は当時話題となった。それ以降、少なくとも1977年ごろまでは、従来の「いばら祭」の名前は隅に置かれ、サブタイトルが中心となった文化祭が行われるようになった。
  2001年度には文化祭の実施が9月から6月に変更された。1972年よりの伝統であった文化祭宣伝の為の仮装行列はこの頃はまだ行われていたが、2025年現在は行われていない。
  令和元年度のテーマは「令和最初の文化祭、すべての楽しみはここにある!」であった。この年のクラス企画の人気投票ランキングは一位から順に、3-B、2-E、1-Eであった。
・ 進学講演会
・ 定期試験

9月

・ 定期試験
・ 前期クラスマッチ
・ 後期生徒会役員選挙立会演説会
・ 後期生徒会役員選挙投票
・ 保護者集会
・ 高校2年 国際教養コース帰国
・ 芸術鑑賞会
  2019年度 - 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

10月

・ 創立記念日
・ 第2回第1次英語検定
・ 高校2年 研修旅行
  2019年度 - 沖縄・シンガポール・カナダの3方面麺
・ 中学3年 研修旅行
  2019年度 - 奈良・京都方面
・ 定期試験

12月

・ 定期テスト
・ PTA個別面談

1月

・ 百人一首かるた大会
・ 職業教育講演会
・ 創立記念マラソン大会
  現在の「創立記念マラソン大会」の全身である「校内マラソン大会」においては、1930年から1933年には偕楽園下〜水戸三軒茶屋の往復という約8kmのコースであった。
  昭和10年代後半にはマラソン大会のコースは年により変動があり、「浜田停留所 - 大洗神社の間の往復」「二十三夜尊 - 千歳橋 - 五台・上菅谷 - 学校」「学校 - 千歳橋 - 水府橋 - 田見小路」などと多様であった。
  2000年代にはひたちなか市総合運動公園を舞台に高校生10km、中学生6kmを走った。
  第91回大会は、天候に恵まれずに中止となった。
  2019年度〜2022年度は新型コロナウイルス感染症によって休止した。
  第97回大会では、国営ひたち海浜公園において中学生が4km、高校生が5kmを走った。
  第98回大会では、国営ひたち海浜公園において中学生が4km、高校生が6kmを走った。

2月

・ 高校2年 社会科弁論大会
・ 後期クラスマッチ
・ 定期テスト

1928年度

(この節の出典:)

・ 4月5日 入学試験
・ 4月14日 天長節祝賀式
・ 5月21日 東京方面修学旅行
・ 7月25日 終業式
・ 11月3日 マラソン競争
・ 12月24日 終業式
・ 1月1日 新年奉賀式
・ 2月11日 紀元節奉賀式
・ 3月23日 終業式

1936年度

(この節の出典:)

・ 4月13日 入学式
・ 5月12日 常磐神社参拝
・ 7月20日 学期末試験
・ 7月20日 終業式
・ 9月1日 始業式
・ 10月5日 校内競技大会

1977年度

(この節の出典:)

・ 4月
  始業式
  中学高校入学式
  対面式
  一家転入学試験
  前期生徒会役員決定
・ 5月
  進学卒業生と3年生の懇談会
  大学進学講演会
・ 6月
  中学高校遠足
  結核精密検査
・ 10月
  文化祭

茨城中学校・高等学校 父母教師(PTA)会


蒼穹会

(この節の出典:)

蒼穹会(そうきゅうかい)はPTAによって設立された校内組織である。保護者の会費によって活動費が賄われている。

役割

# 進路指導への後援の充実
# 部活動への後援の充実
# 先生の学校視察研修への後援
# 芸術鑑賞の実施
# 広報活動の充実

年表

・ 2019年 - 高校文化祭に蒼穹会としては初めて参加し、休憩スペースを設ける。また、電子ピアノを購入し、音楽室に導入する。

PTA地区懇談会の地区名と範囲の目安

(この節の出典:)

class="wikitable"
+
rowspan="2" 地区番号
rowspan="2" 地区名
colspan="4" 範囲の目安
-
(小学校名)の学区
(中学校名の)学区

地域
-
1
見和・見川・姫子
見川・梅ヶ丘

-
2
三の丸・五軒
柳河・三の丸・五軒

-
3
城里・御前山

城里町
-
4
常澄

常澄

-
5
新荘・常磐
新荘・常磐

-
6
水戸下市

水戸三中・水戸四中

-
7
赤塚・内原
河和田・赤塚・鯉淵・妻里・内原

-
8
千波・笠原・寿・緑岡
千波・笠原・寿・緑岡

-
9
石川・双葉台
石川・双葉台・上中妻

-
10
堀原・渡・飯富・国田
堀原・渡・飯富・国田

-
11
常陸太田

水郡線 河合駅〜常陸太田駅から通学

-
12
常陸大宮・大子

水郡線 静駅以北から通学

-
13
多賀

常磐線 多賀駅から通学

-
14
大みか

常磐線 大甕駅から通学

-
15
東海

常磐線 東海駅から通学

-
16
那珂

水郡線 後台駅〜瓜連駅から通学

-
17
日立以北

常磐線 日立駅以北から通学(県外含む)

-
18
茨城町

茨城町
-
19
岩間・羽鳥・石岡・土浦

常磐線 岩間駅以南から通学

-
20
大洗・鉾田・鹿行

大洗鹿島線から通学

-
21
笠間(岩間を除く)

水戸線 友部駅〜稲田駅から通学

-
22
筑西・桜川

水戸線 羽黒駅以西から通学(県外含む)

-
23
彦田・外野・東石川
彦田・外野・東石川

-
24
長堀・中根・三反田・勝倉
長堀・中根・三反田・勝倉

-
25
佐和
佐野・高野
佐野

-
26
勝田二中

勝田二中

-
27
前渡
前渡
勝田三中

-
28
那珂湊

ひたちなか市那珂湊

いじめ防止及び対策


(この節の出典:)

学校はいじめ防止対策推進法をふまえて、いじめ防止・対策マニュアルを制定して、令和元年度よりそれを運用している。学校はいじめの定義を「生徒に対して、一定の人的関係にある他の生徒等が行う心 理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった生徒が心身の苦痛を感じているもの」としている。

意義

・ いじめの防止
・ いじめの早期発見
・ いじめ被害者の保護や支援
・ いじめ加害者への教育的指導

いじめ防止への取り組み

・ 中学1年生ならびに高校1年生全員を対象に、いじめ防止講演会を実施し、人権意識を育成する。
・ 担任や学年は、普段から生徒の人間関係や行動を観察し、いじめの早期発見に努める。
・ 定期的に生徒面談を行い、いじめ被害を受けていないか確認する。
・ 担任や学年は、いじめは絶対に許さないというメッセージを継続的に生徒に伝え、いじめの起こりにくい雰囲気を醸成する。

いじめ防止対策委員会の設置

・ 委員会は、校長、中高教頭、生活指導部主任、生活指導係主任、生 徒相談係主任、中高各学年主任の計12名で構成されている。

経緯

1841年(天保12年)に設立された水戸藩の藩校である弘道館の流れを組んでいる。明治維新の後、水戸学の教えを後世に伝えようとした学者によって大岡俊徳・岡本正靖が1873年に自彊舎を設立し、弘道学舎、1908年の水戸塾(現在の水戸塾とは直接の関係はない)、1922年の水戸学院として昭和にまで存続した。1927年(昭和2年)に政界・財界で活躍していた飯村丈三郎が、水戸学院を引き継ぐ形で旧制私立茨城中学校を設立した。

皇華館と自彊舎の誕生

(この節の出典:)

かつての弘道館訓導であった久保保猷(くぼやすゆき)が弘道館の教学を継承すべく皇華館を創設し、講義を月に6回行い、冬季には夜学を設けていたとされるが、これは明治2年に設立されわずか4年で閉館した。

やがて、自彊舎が水戸藩士らによって設立され、明治7年から明治18年まで継続した。その塾風は学制理念に対抗的であった皇漢学中心の教育を強調していたとされる。また、傍ら、鹿島神社や筑波山の日帰り遠足といった胆力養成に及ぶというものであった。

私立「茨城中学」の誕生

茨城高校・中学校の創設者となる丈三郎は19際の頃に下館で旧制小学校の巡視を務めていた。飯村は1891年に『いはらき』新聞社社長となったが、「いはらき」新聞では、中学校増設問題や水戸高校創立問題について長い論説を掲げている。キャリアの初めに教育行政関係にの下部に携わった経験が、彼の教育への目を開いたようである。

飯村は1923年、関東大震災が起こると東京での生活に終止符を打ち、水戸に移り住んだが、白内障によりほとんど目が見えない状態になっていた。それにもかかわらず、当時、茨城県には旧制中学が水戸中学校(後の水戸一高)のみであり、彼はそこに入学できない生徒を受け入れたいと考えていた。

飯村と学校教育の結びつきは、水戸に移り住んでから急速に進んだ。そして、その第一となるものが、経営難に陥っていた「水戸学院」の支援であった。飯村は半盲の状態にまで白内障が進行していたが、それでも水戸学院のための資金集めに奔走した。彼はほぼ独力で茨城県内を歩き回り、基金18万円あまりを集めた。

飯村は穴沢清治郎(後の4代目校主)を自宅に招き、私立中学設立についての考えを打ち明けた。穴沢は当初、丈三郎が高齢であることや、学校経営が短期間で成果を挙げることが難しいことなどを理由に反対したが、丈三郎は「生存中に成果を見ることができないというそこが面白い。教育は国家にとって最も大事なものであり、これをないがしろにするようなことがあってはならない。そこで私は学校を建て有為な人材を育てたい」と主張したとされる。

飯村は校地の借地契約を結ぶとともに、創立関係事務担当者に当時のいはらき新聞記者・戸祭良水を任命した。創立に関する法令や提出書類の研究を進める一方で、年末年始も休むことなく、必要書類の整備を進めた。

1927年2月5日、飯村は現在の10億円以上に相当する私財10数万円を投じ、財団法人・茨城中学校を設立し校主に就任。同日付で岡田良平文部大臣に宛てて「国民道徳の養成を主とし、男子に高等普通教育を授けたき候」などの趣旨を盛り込んだ旧制中学校設置認可を申請した。そして同月28日、晴れて認可を受けることができた。

やがて、丈三郎の願により、1927年(昭和2年)に茨城中学が設立される。

1927年3月末には、生徒募集の広告を出し、4月1日、4月2日には入学試験を実施し、合格者を発表した。特に、建学の精神を重んじて、同日の午後には常磐神社に参拝し、神前祈誓式を行った。,最初の入学式で丈三郎は「この学校を設立した目的は、全く、報恩感謝の念をもってつくったものであります。…ただただ報恩の念を忘れなかったからだと思います。」と話をしたとのことであった。1927年の夏、丈三郎は白内障の手術を東京の慶応病院で受けた。手術は成功し、そのお礼に病院へ行こうとした同年8月13日、東京大手町でタクシーに衝突され、交通事故で74歳で死去した。なお、このような交通事故を学校側は「当時としては珍しい」と表現したが、すでに昭和初期には交通事故が多発していたようである。

戦後からベビーブームの時代

第二次世界大戦後の学制改革により、1948年(昭和23年)に旧制茨城中学校は新制の茨城高等学校に改組して、同時に新制の茨城中学校を併設した。

1970年代の第二次ベビーブームの頃、茨城中高は、当時茨城県下の主な13の私立学校を挙げ、それを5つの区分に分類した。
class="wikitable"
区分
colspan="3" 学校(当時名称/設立年)の例
-
A. 裁縫女学校として女子教育に重きを置き、礼儀作法を教示した学校
大成女子高(明42)
常磐女子高(明42)
日立女子高(大14)
-
B. 女子実業学校として商業科を創設したことに起源をもつ学校
水戸女子高校(昭6)
愛国学園竜ヶ崎高校(昭13)
水戸短大付高校(昭24)
-
C. 戦後、荒廃した社会の再建には青少年の道徳教育が必要であるとした学校
土浦第一女子高校(昭21)
霞浦高校(昭21)
茨城キリスト教学園高校(昭23)
-
D. 戦後の第一次ベビーブームに便乗して創立された学校
水城高校(昭38)
土浦日大高校(昭38)
東洋大学牛久高校(昭39)
-
E. 昭和初期に旧制中学への入学難を解消する目的で設立された学校
colspan="3" ''茨城高校'''
A.~D.の区分の学校は総じて、第1次ベビーブーム期には募集を拡大し、常磐女子高校など生徒総数が2000名を超えるマンモス校が生まれたにも関わらず、茨城中高は県内の他の高校とは異なり、生徒数の削減を図ったのである。なぜなら、定員増加に伴う弊害を極力さけながら、私学の歩むべき道を模索しつつ、教育の成果を上げようとしたためである。結果として、茨城中学校は高校進学校となり、茨城高校は大学進学校という形で落ち着いた。

また、中高一貫教育でなく、茨城中学校から茨城高等学校へ進学するには、比較的容易ではあったとはいえ、原則として形式上入学試験を受ける必要があった。外部の高校を受験するのは原則として自由であったため、茨城中学校を卒業予定の生徒の多くが茨城県立水戸第一高等学校に進学し、茨城大学教育学部附属中学校とならび、水戸一高に多くの合格者を出すことが一つの売りでもあった。

やがて教職員の間で、優秀な生徒を他の高校へ送り出してしまうことに疑問を感じるようになり、1965年には京浜地区をのぞいて関東地方では初めての「六年一貫」コースを設けた。

共学化へ

1995年(平成7年)、中高一貫教育課程に移行し、その年度の入学生から段階的に男女共学化し、高等学校を進学校としてより充実させる方向に舵を切った。茨城高等学校は、それに合わせ1998年(平成10年)に男女共学、茨城中学校からの入学生に対して中高一貫教育課程を提供するとともに、それとは教育課程を異にする高校課程からの入学生も募集した。

中高一貫制度の導入、男女共学化は学校に新風をもたらした。カリキュラムを一新し、多様な教育活動が実践され、大学合格実績の飛躍につながった。中学体育祭が現在の4色対抗戦となったのも、中高一貫化の翌年の1996年(平成8年)である。

ただし、1995年以降導入した中高一貫教育も、学校教育法第71条に基づいて文部科学省により正式に中高一貫教育を認定された学校ではなかった。2008年(平成20年)4月より、茨城中学校・茨城高等学校の2校によって、併設型中高一貫教育を行うことが文部科学省から認定された。認定により、法令に基づいたカリキュラムの特別編成を行うこと(中等教育学校に適用される規定の適用)が可能となった(ただし、教育課程を異にする高等学校からの入学生も募集している。)。

男女共学の開始当初、中・高とも女子生徒の募集は全体の3割であったが、2010年代には、徐々に女子の募集が増えてきており、男女比率はほぼ1対1となっている。茨城高等学校の2008年度入学生(合格者)の男:女比は180:75(255:99)、2009年度は147:78(262:125)、2010年度は162:94(257:135)であった。

2008年9月から2011年3月の間に、木目を基調とした明るい雰囲気の新校舎(新A棟・新B棟)の新設がなされた。それらは、耐震、防犯の面でも強化が施されている。C棟には物理、生物、化学のそれぞれの実験室を備えている。

2019年(令和元年)、医療系学部への進学希望者が多いため、長年行われてきた「医歯薬外部連携講座」を発展、拡充する形で、「医学コース」を設置した。茨城県の医師不足解消の一翼を担うべく、地域医療を志す医師、医療人の育成を目指している。さらに2020年(令和2年)には、グローバル人材の育成を目的とし、海外大学との連携や約6ヶ月の海外留学をカリキュラムに含む「国際教養コース」を設置した。同年、医学コースは国立病院機構水戸医療センターと、茨城高等学校・中学校としてカリフォルニア大学デービス校国際教育センターと、それぞれ連携協定を締結した。

2027年に創立100年を迎え、卒業生は3万人を越える。それに伴い、「茨城高等学校 茨城中学校 創立50周年記念会館」の真横に、「学習支援センター」が建築されることとなっている。「学習支援センター」建築予定地は2022年頃までは「橋本コーポ」という集合住宅であった。立ち入りを禁止とする立て看板が設置されているため、学校法人が買収したものと考えられる。

年表


(この節の出典: )

・ 1872年(明治5年)- 明治維新などの幕末の動乱期を経て、学制発布により弘道館は廃止され、以降は県庁舎や学校の仮校舎として使用された。
・ 1873年(明治6年)- 水戸学者であった寺門謹(またの名を政次郎。寺門喜太平の息子。)によって、私塾「寺門塾」が開かれ、旧弘道館の学生を集め、水戸学を講じた。
・ 1874年(明治7年)- 官憲の圧迫により、寺門塾が閉鎖された。
・ 1876年(明治8年)- 大関俊徳が岡本正晴等私塾を開き、自彊舎と称して、水戸学を教授した。
・ 1878年(明治11年)-自彊舎は上市田見小路(現在の水戸市北見町、弘道館すぐ近く。)に新校舎を建築した。水戸中学(現在の水戸第一高等学校)、茨城師範学校(現在の茨城大学)の創立以来、次第にそれに転学して、自彊舎は衰えた。
・ 1909年(明治42年)-水戸塾の設立が認可され、初めて公に生徒を募集した。
・ 1913年(大正2年)- 水戸塾の学生数は200名であった。
・ 1922年(大正11年)-水戸塾は水戸学院と改称した。学生数150名であった。
・ 1923年(大正13年)
  夏、校舎を常盤村松本区(現在水戸市松本町)に建築したが、経営年に陥り、飯村丈三郎を容れ、後援会を組織した。
  当時の水戸学院の修限は2年で、教員5名に対して学生数は200名であった。
・1924年(大正14年)- 水戸学院の修限が2年から3年に延長される。教員8名に対して学生数77名であった。
・ 1927年(昭和2年)
  飯村丈三郎が財団法人茨城中学校を設立した。
  当時の校舎は東茨城郡常盤村松本坪(現水戸市松本町)に所在していた。
  第1学年の入学生が160名(募集は100名)、第2学年の入学生(編・転入生)が47名(募集は50名)であった。
  同年の8月に東京大手町の交通事故により飯村丈三郎が没し、それと同時に弓道部が設立された。
・ 1928年(昭和3年)- 籠球部・庭球部発足
・ 1930年(昭和5年)-水泳部が近県大会で総合3位を果たし、また、剣柔道場が移築された。
・ 1931年(昭和6年)
  弘道館敷地内の武道場を校内に移転した。
  学校の敷地を拡張したとされる。
  社団法人茨城中学校後援会設立された。
・ 1932年(昭和7年) - 旧校歌が校長の本多文雄によって作詞、宝塚歌劇団作曲部長の津久井裕喜によって作曲された。また、寒稽古納会武道大会が実施された。
・ 1933年(昭和8年) - 野球部発足
・ 1934年(昭和9年) - 水泳部県大会総合優勝
・ 1935年(昭和10年)- 籠球部初全国大会出場
・ 1936年(昭和11年)- 籠球部県大会優勝
・ 1937年(昭和12年) - 創立10周年記念式開催
・ 1938年(昭和13年)
  野球部県大会初優勝
  同年に第一応援歌作成し、祇園寺の梅林を借用し運動場を拡張した。
・ 1939年(昭和14年)- 陸上部100M関東大会優勝・野球部県大会優勝
・ 1940年(昭和15年)- 水泳部全国大会総合優勝
・ 1941年(昭和16年)- 毎週火曜日の朝に教練を実施した。増改築・運動場の拡張が行われた。
・ 1942年(昭和17年)- 農地開墾勤労奉仕
・ 1943年(昭和18年)- 飯村丈三郎の17回忌法会が行われた。また、学徒勤労隊が実施された。
・ 1944年(昭和19年)- 旧制中学1年、2年の500人が援農部隊として出動された。
・ 1945年(昭和20年)
  茨城県内の私学が閉鎖し、学校の工場化が行われた。だが、学校側の異なるもう一方の資料によると、県内私学の閉鎖により1150名が(入学・編入に)応募したとあるため、茨城中学校は何らかの理由により、閉鎖を免れていた可能性がある。
  水戸空襲が起きるが、学校は空襲の被害を免れた。
  体育館が工場となり、武道場には軍隊が駐留し、校庭は武器置き場となった。
  終戦直後、旧制茨城中学は水戸学の傍系であったため、軍政部の強い監視下に置かれた。また、第3代校主の飯村雄は公職追放を受けた。
・ 1946年(昭和21年)- 授業料を倍額に引き上げた。
・ 1948年(昭和23年) - 「旧制・茨城中学校」を「新制・茨城高等学校」に改組、「新制・茨城中学校」を併設した。新制高等学校、新制中学校としてそれぞれ50名の新入生を募集した。
・ 1949年(昭和24年)
  旧制中学校最後の卒業式が行われ、旧制茨城中学は幕を閉じた。
  生徒会会則完成
・ 1951年(昭和26年) - 新制第一回修学旅行
・ 1952年(昭和27年) -新しい校舎の竣工がなされた。また、創立25周年記念式典が行われた。
・ 1953年(昭和28年) -陸上800mが全国準優勝が果たした。
・ 1954年(昭和29年) - 高校3年生の第1回修学旅行が実施された。
・ 1955年(昭和30年) - 生徒会規約の大規模改正により、中学生徒会が独立した。
・ 1956年(昭和31年) - 野球部が昭和31年秋季関東地区高等学校野球大会で優勝した。レスリング部、柔道部、ボクシング部が国民体育大会に出場した。中学の吹奏楽団が結成された。
・ 1957年(昭和32年)
  現校歌制定(JASRAC出007-9361-2)。創立30周年記念式典。
・1958年(昭和33年)- レスリング部 全国大会団体4位
・ 1959年(昭和34年)
  吹奏楽部が茨城県で初めて高校野球応援演奏を行った。
  当時の校長岩上が県知事選に当選した。
  レスリング55kg 国体3位
・1960年(昭和35年)
 ボクシング部ライト級 全国3位
 陸上800m 日本選手権優勝
・ 1962年(昭和37年) - 飯村丈三郎像 除幕式
・ 1963年(昭和38年)- 県吹奏楽コンクール 初出場・初優勝
・ 1964年(昭和39年)- レスリング部2名が国体において4位に入賞する。
・ 1965年(昭和40年)
  旧・中学校舎完成。
  水泳部連続国体出場。
  昭和40年代には茨城中学校の生徒会・部活動は徐々に活動を活発にし、部活動としては史学・音楽・生物・物理・化学・写真・庭球・卓球・体操・ラグビーが設置された。
・ 1966年(昭和41年) - 青年の像 除幕式。中高一貫Aコース(1学級のみ)を開始した。
・ 1967年(昭和42年)- ボクシング全国大会総体ライトミドル級優勝。
・ 1968年(昭和43年)- 中高体操部全県大会優勝
・ 1970年(昭和45年) - 体育館(現・第一体育館)や弓道場、屋内冷水プールも竣工された。
・ 1971年(昭和46年)- 高校体操部が全国高校総体で国体団体3位を果たした。
・ 1972年(昭和47年)
  校内における学生運動(学園闘争)がピークに達した。結果として、茨城高等学校の服装が自由化された。当時は、近隣の茨城大学や水戸一高などでも同じような事態が起こっていたようであった。
・ 1974年(昭和49年)- PTA紙「春秋」の第一号が発行された。
・ 1976年(昭和51年)- 5号館(食堂・図書館・視聴覚室兼講堂)が竣工された。
・ 1977年(昭和52年)- 創立50周年会館が落成された。
・ 1978年(昭和53年)- 第一回日米交換留学生来校(3週間)
・ 1979年(昭和54年)- 校訓・校歌記念碑完成
・ 1980年(昭和55年)- ボクシング部が全国総体ヘビー級において優勝した。
・ 1981年(昭和56年)- 大理石記念碑「真実」除幕式
・ 1982年(昭和57年)- 第3グラウンド側のテニスコートが完成した。
・ 1983年(昭和58年) - 茨城中学校・茨城高等学校の新校旗 制定
・ 1984年(昭和59年)- 中学陸上部、全日本ジュニア走り幅跳び2位
・ 1987年(昭和62年)- 教育検討委員会 発足
・ 1988年(昭和63年) - 中高一貫Aコース中断。6号館(情報視聴覚室、パソコン室、放送室)完成。
・ 1989年(平成元年)- 後援会がPTAより分離・独立した。岩上名誉校長逝去。
・ 1990年(平成2年)- 心音心電検査導入、禁煙講演会開催。
・ 1993年(平成5年)- 将来計画審議会発足
・ 1995年(平成7年) - 男女共学・中高一貫教育を導入し茨城中学校が共学化、茨城中学校・茨城高等学校ともに制服が制定された。
・ 1997年(平成9年) - 茨城県民文化センターにて創立70周年記念式典が行われた。新校舎である7号館、第2体育館、室内温水プールが完成した。
・ 1998年(平成10年) - 茨城高等学校共学化
・ 2001年(平成13年) - 文化祭の実施が9月から6月に変更された。少なくとも2001年頃までは文化祭宣伝の為の仮装行列が行われていたが、2025年現在は行われていない。
・ 2003年(平成13年) - 創立者、飯村丈三郎の生誕150年を迎えた。
・ 2004年(平成14年) - 全教室が冷暖房を完備した。
・ 2007年(平成19年) - 創立80周年記念式典
・ 2008年(平成20年) - 記念事業の一環として、高校校舎増改築・耐震工事を開始、学校教育法第71条に基づく正式な併設型中高一貫教育校となった。
・ 2010年(平成21年) - 夏休み期間には予備校による衛星放送講座を受講できた。
・ 2011年(平成23年) - 新校舎(A棟・C棟)が完成した。全校耐震構造、全教室が強化ガラス仕様となった。東日本大震災で被災し、体育館の内1棟が使用不可になった。東日本大震災によって原発事故で学校行事大幅カットされた。
・ 2012年(平成24年) - 体育館震災復旧工事完了
・ 2013年(平成25年)- 卒業生が3万人を超えた。
・ 2015年(平成27年)- シンガポール、カナダなど選択制研修旅行開始
・ 2019年(令和元年)
  医歯薬外部連携講座を基に医学コースが設置された。
  外務省による高校講座が実施された。
・ 2020年(令和2年)
  国際教養コース設置。
  国立病院機構水戸医療センターと本校医学コースが連携協定を締結した。
  カリフォルニア大学デービス校 (UC Davis) 国際教育センターと連携協定を締結した。
・ 2021年(令和3年)
  6月 - 茨城県議会議長が学校の視察を行った。
  6月 - 卒業生が北京大学・清華大学に合格した。
  9月 - 新型コロナウイルスに感染拡大よって、9月1日~9月12日のあいだ、臨時休業が行われた。
  GIGAスクール構想への措置としてChromeOSを搭載した生徒用PCを導入した。
  別室登校制度やスクールカウンセラー制度の活用により、不登校生徒の支援を実行することで、中途転学や退学の生徒を大幅に減少させることに成功した。
  教職員の全日研修制度を導入し、教職員の労働環境の改善を目指す取り組みを行った。
・ 2022年(令和4年) - 国際医療福祉大学と連携協定を締結した。
・ 2024年(令和6年)
  1月 - 男が校舎に侵入し、サックスやフルートを盗難し、後日逮捕された。
  11月 - 順天堂大学と提携協定を締結した。AI(人工知能)を用いた学習環境「atama+」を導入した。
  11月 - 駿台予備学校から派遣された学習アドバイザーが常駐する「スタディホール」が開始した。

歴代の学校運営者


Wikipediaに個別の記事が存在しない人物については、学校や教育界との関連がある範囲で或いは特筆すべき点での経歴を記す。括弧内に示したものは歴任期間。

塾長(水戸塾時代)

class="wikitable"

写真
名前
colspan="2" 在任期間
経歴及び備考
-
1
横山信毅


明治8年生まれ。水戸市出身。

院長(水戸学院時代)

class="wikitable"

写真
名前
colspan="2" 在任期間
経歴及び備考
-

江幡保男
colspan="2" 〜(在任期間は3ヶ月)
東茨城郡酒門生まれ。眼科医師。
-

伊藤正弘


東大中退元・茨城県立太田第一高等学校校長(大正8年6月~大正14年3月)
後の旧制茨城中学校初代校長

教頭(水戸学院時代)

class="wikitable"

名前
colspan="2" 在任期間
経歴及び備考
-

山崎芳之介


師範学校卒業後、旧制小学校に勤める。水戸学院教頭になった後には、祇園寺の西(現在の茨城高等学校の場所と推定)に住居を構えた。

校主

class="wikitable"
+

写真
名前
colspan="2" 在任期間
生日
没日
人物の経歴
退任
理由
-
初代
飯村丈三郎
昭和2年2月
昭和2年8月
colspan="3" 個別の記事を参照すること。
逝去のため。
-
2代
中崎憲
昭和2年8月
昭和17年3月
1890年1月10日
1946年5月23日
茨城県那珂市、士族出身。旧制水戸中学卒・旧制第六高等学校・京都帝国大学法学部卒。司法官となり、横浜、水戸、東京、福島裁判所に勤務。

-
3代
飯村雄
昭和17年4月
昭和20年12月

戦後の公職追放のため。
-
4代
穴沢清次郎
昭和21年1月
昭和26年3月
1878年4月13日
1971年5月13日没
旧制第二高等学校卒・東京帝国大学法学部卒・南満州鉄道株式会社

戦後日本においての新学制が施行されると共に、校主は廃止され、理事長が置かれた。

理事長

出典:
class="wikitable"

写真
名前
colspan="2" 在任期間
経歴及び備考
-
初代
竹内勇之助
昭和26年3月
昭和2年8月
1893年生まれ。茨城県出身。実業家。東京大学法学部卒。経歴は水浜電車社長、茨城交通社長、袋田温泉ホテル初代社長、水戸商工会議所など。
-
2代
大内俊三郎
昭和36年12月
昭和48年4月

-
3代
長谷川正三
昭和48年5月
昭和50年3月
元・茨城新聞編集局長。同じく教育者であり、同姓同名である長谷川正三とは生年月日が異なるため別人であると推定される。
-
4代
大津順一
昭和50年6月
昭和61年3月

-
5代
柴田清伊知
昭和61年4月
平成5年3月

-
6代
立枝功男
平成5年4月
平成12年3月
医師。
-
7代
横山充孝
平成12年4月
平成13年8月
旭日双光章受章者。
-
8代
荒川汪
平成13年9月
平成23年8月
元・清真学園高等学校・中学校校長(平成5年4月~平成10年3月)
-
9代
種田誠
平成23年9月
令和6年3月
経歴は個別の記事を参照すること。

校長

出典:
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写真
名前
colspan="2" 在任期間
経歴及び備考
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初代
伊藤正弘
昭和2年3月
昭和6年8月
経歴は同セクションの上記を参照すること。
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2代
中崎憲
昭和6年9月
昭和6年11月
経歴は同セクションの上記を参照すること。
-
3代
本田文雄
昭和6年12月
昭和21年3月

-
4代
田沢次郎
昭和21年4月
昭和21年9月
茨城師範学校校長
-
5代
根本景行
昭和21年10月
昭和23年5月
茨城県出身、明治35年12月生。
-
6代
加唐卯之助
昭和23年6月
昭和27年12月
日立高等女学校校長。
-
7代
折原徹
昭和28年1月
昭和31年2月
東大法学部卒業
-
8代
岩上二郎
昭和31年3月
昭和47年7月
経歴は個別の記事を参照すること。
-
9代
柴田清伊知
昭和47年8月
昭和52年3月

-
10代
海野庄一
昭和52年4月
昭和55年3月
茨城歌人会代表。
-
11代
石田彦治
昭和55年4月
昭和58年3月

-
12代
中村尭繁
昭和58年4月
昭和61年3月

-
13代
海野庄一
昭和61年4月
平成4年3月
再任
-
14代
堀江通明
平成4年4月
平成7年3月

-
15代
濱崎厚
平成7年4月
平成12年3月

-
16代
大内光
平成12年4月
平成18年6月

-
17代
大窪範光
平成18年4月
平成27年3月
歴史学者・考古学者。大窪詩仏の子孫であり16代目の弁士。
-
18代
大塚真澄
平成27年4月
平成30年3月

-
19代
鬼形正人
平成30年4月
令和3年3月

-
20代
梶克治
令和3年4月 -
現任

旧制茨城中学校(1927年度)

(この節の出典:)

元は文語調であったが、口語になおして記述する。

・ 第1学年
  募集定員:約100名
  志願者の資格:尋常小学校の卒業者または、それと同等以上の学力を有するものであり、満12歳以上のものとする。
  出願日:4月5日限り
  試験日:4月6日・7日の2日間であり、それぞれ午前8時よりとする。
  試験科目:読み方、綴方、算術
・ 第2学年
  募集定員:約50名
  志願者の資格:旧制中学校の第1学年の修了者または、それと同等以上の学力を有するものであり、満13歳以上のものとする。
  出願日:3月31日限り
  試験日:4月1日・2日の2日間であり、それぞれ午前8時よりとする。
  試験科目:国語、漢文、英語、数学、歴史、地理

茨城中学校(2001年度)

募集定員は170名であり、うち前期入試が10%程度であった。男子の募集が125名、女子が45名であった。出願期間は平成12年12月25日及び12月26日(火)の2日間, 午前9時より午後3時までであり受付場所は茨城中学校であった。

前期入学試験

出願資格は以下の通りであった。

# 茨城中学校・高等学校で中学・高校を通して学べる者
# 心身ともに健康で向上心に富む者
# 平成13年3月小学校卒業見込みの男女
# 小学校5年生の3学期、6年生の1学期、6年生の2学期のいずれかの評定合計が22以上の者(3段階評定の場合)
# 合格した場合、入学を確約できる者

提出書類は以下の通りであった。

# 入学願書
# 出願資格を証明する成績通知書(成績通知書を出していない小学校の受験生については在籍小学校長による成績証明書。本校所定の用紙を使用する。)

試験科目は数学(40分)、作文(60分)、面接のみであり、受験場所は茨城中学校であった。試験日は平成13年1月5日。合格発表日は同月10日。

後期入学試験

出願資格は以下の通りであった。

# 本校で中学・高校を通して学べる者
# 平成13年3月小学校卒業見込みの男女

提出書類は入学願書のみであった。試験会場は茨城中学校および日立会場であり、試験科目は国語・数学・社会・理科の4科目であった。試験日は平成13年1月18日。合格発表日は同月22日。

茨城中学校(2007年度)

(この節の出典:)

第1回入試

・ 募集人数:150名(男子約100名、女子約50名)
・ 出願期間:平成18年11月21日(火)及び22日(水)
・ 試験日:平成18年12月2日(土)
・ 試験科目:
  記述式
 ・ 国語(150点・60分)
 ・ 算数(150点・60分)
 ・ 社会(100点・40分)
 ・ 理科(100点・40分)

第2回入試

・ 募集人数:20名(男女比の設定はなし)
・ 出願期間:平成19年1月9日(火)
・ 試験日:平成19年1月13日(土)
・ 試験科目:
  記述式
 ・ 国語(150点・60分)
 ・ 算数(150点・60分)

茨城中学校(2008年度)

(この節の出典:)

・ 募集人数:170名(男子約110名、女子約60名)
・ 出願資格:
  茨城中学校で中学・高校を通して学べる者
  平成20年3月 小学校卒業見込みの者
・ 出願期間:平成19年11月19日(月)及び20日(火)
・ 受付場所:茨城中学校
・ 提出書類:入学願書
・ 受験料:22,000円
・ 試験日:平成19年12月1日(土)
・ 試験場:
  水戸会場(茨城中学校)
  日立会場(日立シビックセンター)
・ 試験科目:
  記述式
 ・ 国語(150点・60分)
 ・ 算数(150点・60分)
 ・ 社会(100点・40分)
 ・ 理科(100点・40分)
・ 合格発表:平成19年12月5日(水)
・ 入学手続:平成19年12月7日(金)

茨城高等学校(2010年度)

推薦入試においては面接試験が行われ、その時間は15分であった。

茨城中学校(2016年度)

学校は、急激に進む少子化の影響や公立学校における中高一貫教育の導入により、私立学校は経営的にも一層厳しい時代を迎えているとした。それに先立ち、当校には改革が必要であると断じ、中学校入学試験の抜本的改革を行った。その結果、この年度から初めて、茨城中学校は推薦入学者を受け入れることとした。

茨城高等学校

校長は、茨城高等学校が定める全過程を修了したと認めたものについては卒業を認定し卒業証書を授与する。また校長は特別な必要がありかつ教育上支障がない時は学年の途中においても学期の区分に従い各学年の過程の修了及び卒業を認めることができる。

生徒の在籍規則


以下に、生徒の「再入学・休学・復学・留学・転学・退学」について記す。

再入学

校長は生徒本人が都合により一旦は転学または退学をしたものが再入学を願い出た場合は転学または退学後は1年以内でありその事由が正当と認められる時に限り、該当生徒を原学年以下に再入学させることがある。

休学・復学

生徒が病気その他やむを得ない事由のために3ヶ月以上出席することができない場合は保護者(やむを得ない場合は保証人)が所定の様式により校長に休学を願い出ることができる。ただし病気による場合は医者の診断書を添えることとする。

また、休学の生徒についてはその期間中の授業料および施設積み立て金は徴収しないこととされる。

留学

生徒が外国の高等学校へ留学しようとする場合は、保護者との連署の上、校長に願い出ることができる。また、校長はその願出が教育上有益と認められる時は、1年以内の期間で留学を認めることができる。また留学を許可された生徒は、留学が終了した時は保護者との連署の上、校長に留学が終了した旨を届け出なければならない。そして、留学を許可された生徒が外国の高等学校における履修についての単位認定を受けようとする場合は、校長に単位の修得を願い出ることができる。さらにその願出が適当であると認められる時は、外国の高等学校における単位の履修を茨城高等学校における履修とみなし36単位を超えない範囲で単位の修得を認定することができる。さらには留学を認められた生徒が期間の延長を願い出た場合は校長はその理由が正当であると認められた場合は1年に限って延長を認めることができる。

また、1年以内の海外留学を行いかつ、その生徒について学校が36単位の修得を認定する場合、その生徒の留学期間中の授業料は半額とする。ただし施設積立金、PTA回避、同窓会費、生徒会費は全額徴収される。また36単位の修得を認定しない場合は休学扱いとしてその期間の授業料、施設積立金、PTA会費、同窓会費、生徒会費は徴収されないこととされる。

転学と退学

生徒が転学または退学をしようとする時、は保護者はおよび保証人が所定の様式によりその事由を明記し校長に願い出て許可を受けなければならないとされる。またその願出を許可した場合、校長はそれに伴う書類の送付または保管などに遺漏がないように務めなければならないとされる。

また、校長は以下の生徒に対して、退学を命じる。

# 謹慎処分・定額処分などの懲戒を与えても不良で改善の見込みがないと認められた生徒。
# 正当な理由がなく、出席が不正常で成業の見込みがないと認められた生徒。
# 学校の正常な教育活動に著しく反する言動のある生徒。
# 学校の正常な教育活動に反する団体を結成し、あるいはその団体に加入した生徒。
# 暴力による破壊活動を主張する団体を結成しもしくはその団体に加入した生徒。
# 理由なく学費の滞納が200日を超える生徒。

高校・大学連携

国内

・ 国際医療福祉大学 2022年11月18日調印
・ 順天堂大学2024年6月27日調印

国外

・ US - カリフォルニア大学デービス校 国際教育センター
・ AUS - ニューサウスウェールズ大学 - サウスウェールズ大学との奨学金支給につながるプログラムの契約を結んだ。

中学・高校・大学連携

・ 昭和大学・昭和医科大学2025年3月10日調印

医療機関

・ 国立病院機構水戸医療センター2020年2月13日(木)調印

指定校推薦枠のある主な大学

(この節の出典:)

・ 早稲田大学
・ 慶應義塾大学
・ 東京理科大学
・ 明治大学
・ 立教大学
・ 中央大学
・ 法政大学
・ 学習院大学
・ 成蹊大学
・ 芝浦工業大学
・ 津田塾大学
・ 日本歯科大学
・ 自治医科大学
・ 獨協医科大学
・ 同志社大学

著名な出身者


前身の学校である、自彊舎、弘道学舎、水戸学院の出身者に関してはWikipediaの個別記事が存在しないため、便宜上、こちらに記す。旧制・茨城中学校の卒業生に関してはその通りに表記し、新制・茨城中学校(及び高等学校)の卒業生に関しては新制の表記を付しない。

政界

・ 岩上二郎(茨城県公選4 - 7代知事、元参議院議員、元科学技術政務次官、初代清真学園中学校・高等学校理事長、旧制・茨城中学校卒業)
・ 橋本昌(元茨城県知事、茨城中学校卒業)
・ 大畠章宏(民主党衆議院議員、茨城5区、国土交通大臣(第15代)、経済産業大臣(第13代)、茨城高等学校卒業)
・ 高野守(民主党前衆議院議員、比例北関東ブロック(茨城4区)、茨城高等学校卒業)
・ 岡部英明(自由民主党前衆議院議員、茨城中学校卒業)
・ 大谷明(ひたちなか市長)
・ 加藤浩一(元水戸市長)
・ 渡辺治(新聞経営者・政治家、自彊舎・旧制茨城中学校卒業)

教育

・ 鳥居泰彦(第16代慶應義塾塾長、茨城中学校卒業)

文化・芸能

・ 鶴田卓彦(元株式会社日本経済新聞社代表取締役、旧制・茨城中学校卒業)
・ 根本宣彦(東北放送アナウンサー、茨城中学校・茨城高等学校卒業)
・ 愛風ゆめ(元宝塚歌劇団月組娘役、茨城中学校卒業)
・ 能島征二(彫刻家、日本芸術院会員。日展常務理事。社団法人日本彫刻会常務理事。茨城県美術展覧会会長)
・ 飛田展男(声優・俳優)
・ 戸部公爾(声優・俳優)
・ 磯山純(シンガーソングライター)
・ 寺門亜衣子(NHKアナウンサー)
・ 今湊敬樹(フジテレビアナウンサー)
・ 地雷魚(作家)
・ 中〜透(アーティスト)
・ 高橋義雄(茶人。自彊舎・旧制茨城中学校卒業)

スポーツ界

・ 大和田明(元プロ野球選手)
・ 鈴木滋(元プロ野球選手)
・ 根本陸夫(元プロ野球選手・旧制茨城中学校中退)

実業家

・ 柴田弘之(銀行家)
・ 小島耕(実業家)
・ 井坂直幹(木材実業家。自彊舎卒業)

アクセス


茨城中学校・高等学校は「''末広門'''(すえひろもん)」と「'''正門'''」の2つの校門が存在する。末広門は生徒や教職員の通勤・通学用であり、外部の人が訪れる際には使用できない。学校の敷地は国道118号線に沿うかのような形で東西に伸びているため、118号沿いに最寄りのバス停が2つ存在する。前者の校門の最寄りバス停留所が「'''末広町2丁目'''」となり、後者の最寄りのバス停留所が「'''茨城高校入口'''」となる。

水戸駅から県道118号線を経由し、茨城大学に至るには、茨城交通及び関東鉄道の2つの事業者のバスが路線を所有しているが、関東鉄道バスを利用する場合は「末広町2丁目」と「茨城高校入口」の2つのバス停は一切停車しないため、関東鉄道のバスが停車する「''上水戸入口'''」か「'''大工町'''」のバス停を経由する必要が有る。前者が末広門の最寄りであり、後者が正門の最寄りである。それらの情報を以下に分かりやすく図示しておく。このセクションでは茨城中学校・高等学校を「学校」と表記する。

・ JR水戸駅 から 学校
  徒歩にて約50分
  自転車にて約20分
  自家用車(タクシー)にて15分
  バスにて (最寄りのバス停留所のみを記す)
 ・ 茨城交通バス「水戸駅(北口)」7番乗車口 → 「茨城高校入口」「末広町2丁目」
   通勤・通学などの混雑時間帯の場合は20分程度を、それ以外の閑散時間帯は15分前後を要する。
 ・ 茨城交通バス「水戸駅(北口)」4番乗車口 → 「八幡宮入口」・「栄町2丁目」
   市内循環(内回り)を用いる場合は、「水戸駅(北口)」から「八幡宮入口」・「栄町2丁目」まで約13分、その停留所から学校の正門までは徒歩で5~8分前後を要する。
 ・ 関東鉄道(茨城交通)バス「水戸駅(北口)」→ 「大工町」
   「水戸駅(北口)」から「大工町」停留所まで約13分、その停留所から学校の正門までは徒歩で約15分を要する。
 ・鉄道が敷かれていない城里町方面からも茨城高校・水戸駅北口方面へ多くのバスが運行される。
  茨城交通バス 40番・45番「石塚車庫 発 飯富・水戸駅 行」
  JR赤塚駅 から 学校
 ・ 徒歩にて約60分
 ・ 自転車にて約25分。ルートに依っては傾斜が多数。

出典凡例

・ 「茨城高等学校五十年史 (昭和52年10月1日、茨城高等学校五十年史編さん委員会)」は出典では「五十年史」として扱い、頁数のみを挙げる。

出典

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外部リンク


・ name:茨城中学校・高等学校 - 公式ウェブサイト

出典:Wikipedia: (1245127)