本当ですか?
「あなたたちは自由です」と書かれた壁の中で活動する生徒達を塀の上から観察している…怖い話ですがそんな印象を受けました。
はい。本当です。残念ながらもっとひどく「かごの中に入れたモルモットの行動観察」です。しかしどうしてもどなたかに協力を頂かなければ教育研究はできず、未来を拓いていくことはできません。京教が今、合格者本人また保護者に入学前にどのような説明をしているのかはわかりません。しかし少なくとも私が大教附属にいたとき、また、娘を行かせた地元の国立大附属でも「モルモットになって頂く」ことを明確に保護者に説明し、文書にもその旨記載して、保護者承認印を頂戴していました。無論ここで本人また保護者にご納得いただけないのであれば、一般校に移って頂くこともしていました。また、細かいところですが、京教は各国立大附属の中でも先端的な研究を担当していることもあり、おっしゃるようなところは他の国立大附属よりも強いと思います。しかしもちろん、全く教育効果の確認されていない内容を実施することはなく、ちょうど新薬開発の最後の段階、治験にあたるようなことをしていきますので、「逆効果」になってしまうことはないと考えて頂ければと思います。また、モルモットになって頂く以上、その他、福利厚生面は一般校よりも相当に手厚くしています。考えてみますと昔の国立大附属は、こういうことを知っている教員、国立大附属出身者の子供さんの入学というのが多かったように思います。
娘を行かせた地元の国立大附属では毎年、夏休みに研究結果発表会があり、保護者はこれに出席することができ、各ディスカッションに参加することができました。大学、教育学部の専門ゼミナールのレベルで、専門以外の方には難解なものだったと記憶していますが、それでもできるだけわかりやすくしたレジュメが用意され、質問が出れば、各先生方は丁寧に説明されていたと記憶しています。12年間で感じたことは、このディスカッションに参加される保護者が、年々、学校のご機嫌とり=内部進学に有利になることを期待して参加されるようになっていったことでした。附属側はそうではなく、各お子さんが現状、各ご家庭でどのような成長をなさっているのかを知りたいわけであり、むしろ厳しいご意見を頂戴するほうがありがたいのですが、そういうところは年々どんどんなくなり、最後の頃にはいよいよ「その研究はすばらしいですね」ばかりになり、国立大附属校の役目はもはや終わっているのでは、かといって無くしてしまうと、文科省での実態無視の密室会議で全てが決められるようになり、日本の教育は終わってしまうと複雑な思いをしたことがあります。
どの行為が効果をもたらしたかを知るために、複数の試みをしないことが対照実験の基本と考えると合点がいきます。
一般実施の他校と比較する為、指導要綱で決められたこと以上の試み、対処をしないし、要求もしない。
これを自由と受け止める。現在の自身よりも10年・20年先の教育のためにあえて人柱になる。
頭が下がる思いです。
悲しいですね。国立教育大学の付属高校だから、大学との連携で、きめ細やかな対応がしていると期待する保護者も多いでしょうに。教育指導要綱は、どうやって決まるのでしょう。綜合学習だとかゆとり教育とかは昔流行った。今は小中一貫教育?日本の教育をリードしていく、時代に先駆けたの教育実践を行い、指導要綱の改正にも寄与していくのが、国立の役目なのかと?誤解でしょうか?
学習指導要領は上の方々が書かれておられる通り、各大学の教育学部附属校での実験(実践)を繰り返しながら手直し、また全面改定もされますが、残念ながら最後は文科省での密室会議、「学者の力関係」と「時の政権の意向」で決まります。
日本の教育をリードしていく、時代に先駆けた教育実践を行い、指導要綱の改正に寄与していく、まさに国立教育大附属校の「本来の使命」はそこにありますが、「動かせない最後の関門」があるがために、現実にはできない、国立教育大附属校ゆえに、より対照実験に徹するしかないというのがあります。
さらに今は学者の力関係、時の政権の意向以上に「海外諸国の動向」が強く反映され、主体性を失っているようにも思います。実際、次期学習指導要領の骨子には「海外諸国はこうだからそれに合わせる」が随所に見られます。これは戦後の改定骨子にはおよそなかったことで、まるで明治時代の「欧米列強に追いつけ追い越せ」の時のもののよう、ゆとり教育への世論の厳しい批判からそうなってしまっていることはわからなくはないのですが、そういう問題ではない、それこそ将来に対する無責任であると私自身は思うのですが。
「ゆとり教育」のとき、「反対案」として既に今の「みのり教育」が挙がっていましたが、これを主張した学者群がまだ「年令的に若かった」ため「押し切られた」ことは否定できません。私は当時、そのみのり教育側の大学の教育学部の学生でしたが、本省での会議からお帰りになられてきた先生方の顔色がいつもさえないことを極めて残念に思っていました。
附属京都中が中学の募集人数30人が廃止された学年だから。
それも何らかの…ですかね?
いずれにしても附属について考えさせられる話題でした。