夢の国ディズニーランドの近くには、受験界の“王国”があった。
県立千葉、県立東葛飾、県立船橋。「千葉御三家」とも呼ばれる同県屈指の公立高校で、東京大を筆頭に難関大学へ多くの合格者を送り出してきた。そんな“公立王国”千葉の勢力図を大きく書き換えたのが、渋谷教育学園幕張だった。
愛称は「渋幕」。私立の中高一貫校である同校は、1983年に開校。東京ディズニーランドと同い年だ。新設校でありながら、いまでは東大に74人が合格。さらに、早稲田大に226人、慶應義塾大に136人が合格している(2023年春)。
学内に入るや2フロアにわたる図書館が目に飛び込んでくる。6万5千冊を超える蔵書のうち、1万冊以上は
英語の本が占める。静謐な空間だが、「しゃべらない」などのルールはない。
「本を読む生徒もいれば、プロジェクターを映して議論する生徒もいる。ここでいろんな知を深めてほしいんです」
そう話すのは、同校進路部長の井上一紀教諭だ。今や押しも押されもせぬ進学校だが、開校してしばらくは、東大合格者数は数人ほどだった。それが02年には県内トップの県立千葉と合格者数が逆転。12年に東大合格者数トップ10に入って以来、東大の常連校になった。
大学受験の世界は目まぐるしく変化している。アエラでは、大学通信の協力を得て、難関大学への合格者数を調査。受験人口が多かった1993年と2023年を比較して「30年」の変化を追った。
■ガリ勉よりも情操教育
東京・京都・大阪などの難関国立大と早稲田・慶應義塾・上智・東京理科・MARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)・関関同立(関西・関西学院・同志社・立命館)など人気21大学への合格者数の上位校をランキングにした。
なお、ここで比較した「合格者数」は、のべ合格者数だ。既卒生を含み、私立大の場合は優秀な生徒が複数の学部や学科に合格する場合がある。また、卒業生数が多ければ合格者数も多く出る可能性がある。それらを踏まえた上で、じっくり読み解いてほしい。
93年春に大学受験をした人は、現在48歳を過ぎた辺り。生まれたときは第2次ベビーブーム下で、各校の卒業生数を見てもわかるとおり、30年前と現在とでは生徒数の差が際立つ。
上位校が入れ替わった東日本に対し、大阪大や関関同立などは公立の強さが見て取れる。
「そんな中で、やはり東大の変化に注目です」
そう指摘するのは、大学通信情報調査部の井沢秀さんだ。今も昔も合格者数では開成がトップに位置するのは変わらないが、ラ・サールや東京学芸大学附属、桐蔭学園、巣鴨、県立千葉がトップ10から姿を消している。井沢さんは続ける。
「ラ・サールや巣鴨は医学部志向が高まり、東大へ進む生徒が減ったことが背景にあります」
一方、新たな顔ぶれとして先の渋幕のほか、聖光学院や西大和学園、日比谷などが並ぶ。
「ガリガリ勉強させるより、情操教育に力を入れているところが伸びています」(井沢さん)
■集大成はペットボトル
事実、大躍進を遂げた渋幕の田村聡明校長は、「楽しくなければ学校じゃない」と言い切る。
同校には特進コースのようなクラス編成はなく、東大志望生もそうでない生徒も同じ教室で学ぶ。多様な将来を描くクラスメートと過ごすことで、生徒たちは視野を広げていく。
「だから、自発的に動く生徒が多いんですよ」(田村校長)
推薦入試で東大に進学した生徒は、時間さえあればグラウンドでペットボトルロケットを飛ばしていた。どうすれば遠くまで飛ぶのか試行錯誤を続けた。
「卒業するときには『私の集大成を置いていきます』とボロボロになったペットボトルを置いていきました。見た人は『なんじゃこりゃ』と思うような作品ですけどね」(同)
自主性や柔軟性の高さでは、奈良県の西大和学園も同じ。
同校は1986年開校で渋幕同様に新設校だが、京大や阪大など関西の難関大に多くの生徒を送り出してきた。しかし、近年は京大ではなく、東大へ進む生徒が増えている。
飯田光政校長によれば15年くらい前から東大進学に風向きが変わりはじめたという。そして14年、高2の生徒たち67人が当時学年部長だった飯田校長のもとを訪れ、こう嘆願した。
「東大専用のコースを作ってください」
その言葉を飯田校長は、どう受け止めたのか。
「本腰を入れて勉強しようとしたら、京大向けのものばかりやないかと思ったんでしょうね。ただ、67人も入る部屋がなかったので急きょリフォームして大きな教室を作ったんですよ」
そして16年3月、史上最多の29人が東大に現役合格した。
「かっこいい生徒たちでした。ドラマみたいでしょう」
飯田校長は誇らしげに、そう語った。
(編集部・福井しほ)
※AERA 2023年6月5日号より抜粋
西大和も、創立当時は、明星や同志社香里のすべり止めだったんですよね。
10年ほどで追い抜かれましたけど。
西大和が明星の滑り止めっていつの時代の話をしてるんだよ。
西大和創設初期の20年以上前だろ。2000年代初頭には既に明星は西大和の滑止めになっていたわけだし。
西大和にも特待生制度ってあるの。
>西大和にも特待生制度ってあるの。
今は、無いでしょうが、開校当初はありました。
30年前、クラスメイトが同志社高校専願の受験生の併願受験で、西大和を受験した時、特待生合格していました。
西大和でも、特待生制度を導入していた時期があったのですね。
私が受験生だった30年前、西大和を併願受験しました。他に、灘、甲陽、東大寺、洛南、当時は高校募集をしていた洛星や、同志社高校、関大一高、大阪貿易学院(現在の開明)まで、幅広いレベルの受験生が併願していました。
>30年前、クラスメイトが同志社高校専願の受験生の併願受験で、西大和を受験した時、特待生合格していました。
そんな位置から今のポジションまで這い上がるまでには、並々ならぬ苦労があったのでしょうねぇ。
正直、西大和は好きではない学校ですが、進学校としてここまでの結果を出し保護者の期待に応えている姿には素直に敬意を表したいです。凄いよね。
私は、当然のように不合格でした。ただ明星のクラスメイトで奈良出身のヤツの話によると、西大和の問題は、一部科目で東大寺の
過去問をそのまま出していたらしく、奈良出身の連中は、塾で対策をしていたらしく普通科合格していたヤツもいてました。他に知っているところでは、同志社香里を受けたヤツは普通科合格、関大一高を受けたヤツは不合格でした。
洛星を本命で受けた受験生は、英数科一般合格でした。同志社高校を本命で受けた受験生は、特待生合格していました。でも本命の同志社高校は滑ってしまいましたけど。
↑長いだけで要領を得ないし、そもそも誰も聞いてないのに延々自分語りとか恥ずかしい限り。チラシの裏にでも書いておけ。
そうですよね。長文の独り語りは、見苦しいですよね。
明星関係者ってホントに駄文を書く奴が多すぎる。
文才以前に論理的思考能力が欠如している。
だから、要約もできないし要領を得ないものばかり書いてしまう。
不評ですけど、書き込みます。
洛星を受けたヤツは無事合格し、その後大学受験で失敗して、横浜〇立大学の文系学部に進学しました。就職活動で挽回して、船〇総研に入社しました。その後、今は、洛星出身の代議士の政策秘書を務めています。
同志社高校を本命で受けたヤツは、同志社高校を滑って、大阪の茨木から西大和まで通学していました。受験は、あまり奮わず、関西学院大学の理学部に進学し、大学院修士課程を修了後、三〇化成に就職しました。
まだ続きがあるので、明日以降待あれ。
まだ続きがあるので、明日以降乞うご期待あれ。
あまり個人を特定出来るような情報を平気で書き込むのはどうかと思いますが。
そうですよね。結局消されるだけですもんね。
おっさんの昔話なんて、誰も興味ないしな。
おっさんも、話し相手がいない、可哀想な人なのでしょう。
洛星を卒業したヤツの洛星時代の同級生に、角田龍平がいます。
彼は、オール阪神巨人のオール巨人に付き人として弟子入りした後、立命館大学の法学部に一芸入試で合格し、八浪か九浪して司法試験に受かります。
一時、橋下徹元大阪府知事の法律事務所で居候弁護士を務めながら、サンデージャポンに出演したり、オールナイトニッポンのパーソナリティとしてDJをこなし、今でもKBS京都で「蛤御門のヘン」というラジオ番組を、毎週水曜日の夜7時半から一時間半放送しています。
ちなみに彼の嫁さんは、立命館高校出身の司法書士で、現在、夫婦で法律事務所を運営しています。実兄は東大寺学園から東京大学に進学しました。
当時は、今となっては信じられないかもしれませんが、洛南三類A(現在の空コース)や洛星の併願には、奈良の西大和か帝塚山のどちらか、岡山白陵か愛媛の愛光を併願受験させられていました。なかには、東京の早稲田高校を併願受験していたヤツもいました。もちろん合格していました。
このOBは、いったい何を言いたいのかさっぱり分からん。
西大和受験をした時の、こぼれ話がしたかったんじゃないですか?
明星を卒業して30年ってことは、もう50歳近いんだよね。それでこんな文章を書き、さらに公開してしまうのか。
教育の敗北を感じるな。
教育の敗北、とは、どういう意味ですか?
明星卒業生 (8月12日 19時46分)
あまりおすすめの学校とはいえません。
とにかく変化を好まない学校です。古狸のような先生が権力をふるい生徒もそこからはみ出すとにらまれるので個性を発揮できません。
先生の意欲もあまりかんじられないしある意味公務員的でしょう。
学習面でもほとんどの生徒は塾、予備校を頼りにしており学校の席次なんか全く頓着しない者が大半です。
ですから、弟が明星に入学してくるというのは稀です。
明星は歴史はありますが生徒を伸ばす力はありません。
合格
偏差値もどんどん下がっているようです。
妹の受験のとき
偏差値ランクを見ましたが自分のときよりずいぶん
下がっていました。
21世紀の競争にはついていけない学校ですよ。
Wスクールについては覚悟しておくべきです。
入学時、塾に行く必要はないと学校から言われてましたが
英語は他校に
くらべてかなり落ちます。私が中学のとき教材も先生もだめでした。
弟はプログレスをつかっていましたが内容、単語量どれをとっても全く
かないません。自分も悪かったのですが中3から苦労しました。
しかし運良く素晴らしい塾にめぐりあえ大学受験にいどめました。
数学に関しても塾での指導と演習でセンター、2次と乗り切れました。
あのまま塾にめぐりあわなければ関関同立も合格できなかったと思います。
精神面も同時にきたえられました。明星は居心地はいいかもしれませんが 受験面でのフォローはありませんでした。
弟の学校はここで悪名高きN大和ですが(本当はいいたくなかった。)
はっきりいって学校の差を感じます。
ここでお知り合いになれた方にあえてお伝えします。
ちなみに弟は塾にいってません。
今、明星が現状維持から脱皮しようとしているようですが私は半信半疑です。
↑
この書き込みは2002年で当時の明星卒業生による学校の評価らしいですが。悲しくも当たってしまいましたね。
・とにかく変化を好まない学校です。
・先生の意欲もあまりかんじられないしある意味公務員的
長いですがこの2点に集約されるでしょう。
結局の所、時代の変化に対応する力量も気力もない学校ということ。それが
「21世紀の競争にはついていけない学校ですよ。」
という結論につながる。
そしてそれは奇しくもコロナ禍ではっきりしましたね。
20年以上前から指摘されていたのに変わらなかったのか。
当時から真っ当な指摘に対しても全く聞く耳を持たなかったのは、ここの雰囲気からも容易に予想できる。
2005年辺り迄は、上手く運営できていたんです。
当時は、京大30名受からせていましたから。
偶然でしょうね。
勝ちに不思議の勝ちあり、です。
偶然ではないでしょう。
常に25〜30あたりをキープしているなら、京大30名も偶然とは言われないだろうけどね。
2009年に京大7名になってから以降は完全に負のスパイラルに陥り、もはや浪人込みで2桁に乗れば万々歳といった具合。今年の2名(現役1名)こそ偶然ではなく必然の結果だと思う。
どんなに実績上げても西大和が名門とかいい学校と思えないのはなんでだろう。
受験少年院的なイメージが付き纏うからじゃないですか?実際そうですけど。
西大和のそういうイメージが苦手な人は最初から受けないから別にいいんじゃないの?
明星はそんな印象はないのに志願者の質も量も落ちていることを心配したほうがいい。
明星の、ほったらかし教育が仇になりましたね。
きっちりした教育哲学に基づいた放任主義ならまだしも、明星の場合、単に教職員が楽したいだけだもん。
だから伸びないし支持も得られない。
生徒はよー見てますよ。
教員の意識改革が必要でしょうね。
明星の復活を祈っています。