大阪女学院高校のWiki
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校名:大阪女学院中学校・高等学校
過去校名:大阪女學院高等女學校
国公私立:私立学校
設置者:学校法人大阪女学院
併合学校:大阪女学院第二高等学校
設立年月日:7
共学・別学:男女別学 (女子校)
中高一貫教育:併設型
課程:全日制課程
単位制・学年制:学年制
設置学科:普通科
英語科
専攻科:英語科 (1963年-1969年)
郵便番号:540-0004
所在地:大阪府大阪市中央区玉造二丁目26番54号
地図WikiData:yes
緯度度:34緯度分:40緯度秒:38.5
経度度:135経度分:31経度秒:37.8
''大阪女学院中学校・高等学校'''(おおさかじょがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、大阪府大阪市中央区玉造二丁目にある中高一貫教育を行う私立の女子中学校および全日制女子高等学校。
普通科および英語科を併置する。米国カンバーランド長老教会によるミッション・スクールであった''ウヰルミナ女学校'''を源流とし、大阪府内で67校目、私立校で36校目の高等女学校であった'''大阪女学院高等女学校'''を前身校とする。プロテスタント系キリスト教学校として、学校法人大阪女学院により設置運営される。
高校は国際バカロレア認定校であり、文部科学省によるスーパーイングリッシュランゲージハイスクール (SELHi) 指定校であった。
米国カンバーランド長老教会の宣教師A.D.ヘールにより、1884年(明治17年)1月7日に川口外国人居留地19番Aと東隣の22番(現在の大阪市西区川口1丁目3番の一部)に正式名称:私立維耳美那女學校が開校した。校名のウヰルミナは、最初の寄付者であった夫妻の名前(ウヰリアムとアーミナ)を組み合わせた複合名詞である。
また1886年9月には、現在のみなと通を挟んでウヰルミナ女学校の西隣となる川口外国人居留地16番現在の大阪女学院敷地。に校舎を新築した。1892年に、同校は'''浪華'''(なにわ)'''女学校'''と改称した。
1904年4月にはウヰルミナ女学校は浪華女学校と合併されて、浪華女学校内に移転。合併後はウヰルミナ女学校と称した。
1928年(昭和3年)、学校西側に通用門を作るべく、土地113坪が購入される。これが現在の正門にあたる。
1940年には日中戦争の戦局の下、校名に英語を使用するのは望ましくないとして、政府から変更の指示により''大阪女学院高等女学部'''と改称した。
1944年に''大阪女学院高等女学校'''に改組され、生徒は柴島(東淀川区)の陸軍工場や大阪駅出札係などへ学徒勤労動員された。1945年6月1日の大阪大空襲では、校舎を全焼する被害を受けた。
学制改革により1947年には新制・''大阪女学院中学校'''が、1948年には'''大阪女学院高等学校'''が発足した。1951年には学校法人大阪女学院が発足している。
1956年には家庭科の専攻科(1年制)を、また1963年には英語科の専攻科(2年制)を設置した。しかし英語科の専攻科は、1968年に大阪女学院短期大学が開学したことに伴い同短大に移行する形で1969年に廃止されている。また家庭科の専攻科についても、1973年に廃止された。
同一敷地内にあった定時制高等学校、大阪女学院第二高等学校の沿革についても、本項目で記述する。
1924年(大正13年)9月9日に大阪基督教女子青年学院夜間女子部として、大阪市北区西扇町(現在の神山町)に開校した。1936年4月に扇町夜間女学校と改称し、同年6月には日本で初めての文部大臣認可の夜間女学校となった。
1944年には恵星高等女学校と改称し、1948年には学制改革により夜間定時制の恵星女子高等学校へと改編された。1948年12月にはYWCAから大阪女学院同窓会へと移管され、また大阪女学院敷地内へと移転している。
1951年には設置母体として学校法人恵星女子学園が認可されたが、同法人は1958年には学校法人大阪女学院と合併した。学校法人の合併に伴い、大阪女学院第二高等学校へと改称した。しかし1971年度以降の募集を停止し、1974年3月限りで休校となった。書類上は2007年6月に正式に廃止されている。
・ 1884年(明治17年)1月7日 - 大阪女学院の前身である''ウヰルミナ女学校'''開校。
・ 1886年9月 - ''大阪一致女学校'''が開校。
・ 1888年6月 - 大阪一致女学校が現在の大阪女学院の場所に校舎新築。
・ 1892年 - 大阪一致女学校が''浪華女学校'''と改称。
・ 1904年4月 - ウヰルミナ女学校は浪華女学校と合併されて、浪華女学校敷地内に移転。合併後の名称はウヰルミナ女学校。
・ 1924年(大正13年)9月9日 - 大阪基督教女子青年学院夜間女子部が開校。
・ 1928年(昭和3年)- 現在の正門にあたる生徒用通用門が完成。
・ 1934年 - 鉄筋4階建ての南校舎旧館が竣工。
・ 1935年3月1日 - 昭和10年文部省告示第44号において、ウヰルミナ女学校本科を''ウヰルミナ女学校高等女学部'''と改称の件認可の告示。
・ 1940年10月22日 - 政府より校名変更の指示。''大阪女学院'''と改称。
・ 1941年2月6日 - 昭和16年文部省告示第54号において、ウヰルミナ女学校高等女学部を''大阪女学院高等女学部'''と改称の件認可の告示。
・ 1944年5月22日 - 昭和19年文部省告示第791号において、中等学校令により''大阪女学院高等女学校'''を設置し、同年4月より開校の件認可の告示。
・ 1947年4月 - ''大阪女学院中学校'''が発足。
・ 1948年
4月 - ''大阪女学院高等学校'''、恵星女子高等学校(定時制)が発足。
12月 - 恵星女子高等学校がYWCAより大阪女学院同窓会に移管され、大阪女学院敷地内に移転。
・ 1956年 - 専攻科(家政科・1年制)を開設。
・ 1958年 - 恵星女子高等学校は大阪女学院第二高等学校と改称。
・ 1963年 - 専攻科に英語科(2年制)を併置。
・ 1969年 - 専攻科の英語科を廃止。
・ 1971年 - 英語科を併置。大阪女学院第二高等学校を募集停止。
・ 1973年 - 専攻科を廃止。
・ 2003年(平成15年)- 文部科学省よりスーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール (SELHi) 指定を受ける。
(沿革節の主要な出典は公式サイト)
Location mapJapan Osakacaption:
・ 大阪府大阪市中央区玉造二丁目26番54号
・ 大阪シティバス
・ Osaka Metro
1990年代〜2000年代にかけては中高一貫校としての性格が濃くなり、高校の募集は若干名となり、殆どが中学からの内部進学者であった。
・ 570名(募集人員女子190名)
・ 全日制課程
普通科
・ 文系 -(募集人員女子約40名)
・ 理系 -(募集人員女子約30名)
英語科
・ 英語コース -(募集人員女子約30名)
・ 国際バカロレアコース -(募集人員女子約15名;2018年度より募集開始)
中高を通して、毎朝の礼拝、週1回の聖書の授業、各学期末における聖書のテスト、また年に1度、修養会(修学旅行のない学年は1泊2日、修学旅行のある学年は学校で1日)また伝道週間と呼ばれる宗教行事があり、キリスト教精神の深く根づく学校である。
英語教育に力を入れている。普通科でも、高校1年生の夏季休暇中に有志の海外研修がある。また高校二年生の夏季休暇中に、希望者を対象に海外への語学留学の機会を提供している。
メディア
・ 大角茉里 - 愛媛朝日テレビ→千葉テレビ放送アナウンサー→フリーアナウンサー
・ 出世凪沙 - フリーアナウンサー、元鹿児島放送アナウンサー
・ 濱田苔花 〜 ジャーナリスト
・ 八木麻紗子 - テレビ朝日アナウンサー
経済・実業
・ 小島幸保 - 弁護士
文芸・芸術
・ 三好潤子 - 俳人
・ 山下弘子 - 闘病記著者
舞台芸術・芸能
・ 和泉ちぬ - 女優、声優
・ 今出舞 - 女優、SKE48元研究生
・ 鴨池彩乃 - 声優
・ 神田広美 - 歌手、作詞家
・ 北川景子 - 女優、大阪女学院教育後援会(Wilmina会)会長
・ シリア・ポール - 女優、歌手、タレント
・ 東風万智子 - 女優
・ 仲みどり - 女優、初の原爆症認定患者
・ 早川聖来 - 乃木坂46元メンバー
・ 原田糸子 - 元女優
・ 福本莉子 - 女優、第8回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリ
・ 汀夏子 - 元宝塚歌劇団雪組トップスター
スポーツ
・ 織田憲子 - フィギュアスケート選手、コーチ
・ 金彩華 - フィギュアスケート選手
・ 小林寛美 - アーティスティックスイミング選手
・ 佐藤久美子 - フィギュアスケート選手
その他
・ 糸岡富子 - 2024年8月19日から12月29日まで、存命中の世界最高齢だった人物。
・ Ravenswood School for Girls - 姉妹校提携締結。オーストラリア ニューサウスウェールズ州シドニーのゴードンにある、女子の中等教育学校。
・ 桃山学院中学校・高等学校
・ 活水中学校・高等学校
採用資格にもあるように、教諭は全員洗礼を受けたキリスト教徒である。
・ isbn:
・
・ osakajogakuingram
・ OsakaJogakuin
・ OsakaJogakuin.js.1884
校名:大阪女学院中学校・高等学校
過去校名:大阪女學院高等女學校
国公私立:私立学校
設置者:学校法人大阪女学院
併合学校:大阪女学院第二高等学校
設立年月日:7
共学・別学:男女別学 (女子校)
中高一貫教育:併設型
課程:全日制課程
単位制・学年制:学年制
設置学科:普通科
英語科
専攻科:英語科 (1963年-1969年)
郵便番号:540-0004
所在地:大阪府大阪市中央区玉造二丁目26番54号
地図WikiData:yes
緯度度:34緯度分:40緯度秒:38.5
経度度:135経度分:31経度秒:37.8
''大阪女学院中学校・高等学校'''(おおさかじょがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、大阪府大阪市中央区玉造二丁目にある中高一貫教育を行う私立の女子中学校および全日制女子高等学校。
概要
普通科および英語科を併置する。米国カンバーランド長老教会によるミッション・スクールであった''ウヰルミナ女学校'''を源流とし、大阪府内で67校目、私立校で36校目の高等女学校であった'''大阪女学院高等女学校'''を前身校とする。プロテスタント系キリスト教学校として、学校法人大阪女学院により設置運営される。
高校は国際バカロレア認定校であり、文部科学省によるスーパーイングリッシュランゲージハイスクール (SELHi) 指定校であった。
略歴
米国カンバーランド長老教会の宣教師A.D.ヘールにより、1884年(明治17年)1月7日に川口外国人居留地19番Aと東隣の22番(現在の大阪市西区川口1丁目3番の一部)に正式名称:私立維耳美那女學校が開校した。校名のウヰルミナは、最初の寄付者であった夫妻の名前(ウヰリアムとアーミナ)を組み合わせた複合名詞である。
また1886年9月には、現在のみなと通を挟んでウヰルミナ女学校の西隣となる川口外国人居留地16番現在の大阪女学院敷地。に校舎を新築した。1892年に、同校は'''浪華'''(なにわ)'''女学校'''と改称した。
1904年4月にはウヰルミナ女学校は浪華女学校と合併されて、浪華女学校内に移転。合併後はウヰルミナ女学校と称した。
1928年(昭和3年)、学校西側に通用門を作るべく、土地113坪が購入される。これが現在の正門にあたる。
1940年には日中戦争の戦局の下、校名に英語を使用するのは望ましくないとして、政府から変更の指示により''大阪女学院高等女学部'''と改称した。
1944年に''大阪女学院高等女学校'''に改組され、生徒は柴島(東淀川区)の陸軍工場や大阪駅出札係などへ学徒勤労動員された。1945年6月1日の大阪大空襲では、校舎を全焼する被害を受けた。
学制改革により1947年には新制・''大阪女学院中学校'''が、1948年には'''大阪女学院高等学校'''が発足した。1951年には学校法人大阪女学院が発足している。
1956年には家庭科の専攻科(1年制)を、また1963年には英語科の専攻科(2年制)を設置した。しかし英語科の専攻科は、1968年に大阪女学院短期大学が開学したことに伴い同短大に移行する形で1969年に廃止されている。また家庭科の専攻科についても、1973年に廃止された。
大阪女学院第二高等学校
同一敷地内にあった定時制高等学校、大阪女学院第二高等学校の沿革についても、本項目で記述する。
1924年(大正13年)9月9日に大阪基督教女子青年学院夜間女子部として、大阪市北区西扇町(現在の神山町)に開校した。1936年4月に扇町夜間女学校と改称し、同年6月には日本で初めての文部大臣認可の夜間女学校となった。
1944年には恵星高等女学校と改称し、1948年には学制改革により夜間定時制の恵星女子高等学校へと改編された。1948年12月にはYWCAから大阪女学院同窓会へと移管され、また大阪女学院敷地内へと移転している。
1951年には設置母体として学校法人恵星女子学園が認可されたが、同法人は1958年には学校法人大阪女学院と合併した。学校法人の合併に伴い、大阪女学院第二高等学校へと改称した。しかし1971年度以降の募集を停止し、1974年3月限りで休校となった。書類上は2007年6月に正式に廃止されている。
年表
・ 1884年(明治17年)1月7日 - 大阪女学院の前身である''ウヰルミナ女学校'''開校。
・ 1886年9月 - ''大阪一致女学校'''が開校。
・ 1888年6月 - 大阪一致女学校が現在の大阪女学院の場所に校舎新築。
・ 1892年 - 大阪一致女学校が''浪華女学校'''と改称。
・ 1904年4月 - ウヰルミナ女学校は浪華女学校と合併されて、浪華女学校敷地内に移転。合併後の名称はウヰルミナ女学校。
・ 1924年(大正13年)9月9日 - 大阪基督教女子青年学院夜間女子部が開校。
・ 1928年(昭和3年)- 現在の正門にあたる生徒用通用門が完成。
・ 1934年 - 鉄筋4階建ての南校舎旧館が竣工。
・ 1935年3月1日 - 昭和10年文部省告示第44号において、ウヰルミナ女学校本科を''ウヰルミナ女学校高等女学部'''と改称の件認可の告示。
・ 1940年10月22日 - 政府より校名変更の指示。''大阪女学院'''と改称。
・ 1941年2月6日 - 昭和16年文部省告示第54号において、ウヰルミナ女学校高等女学部を''大阪女学院高等女学部'''と改称の件認可の告示。
・ 1944年5月22日 - 昭和19年文部省告示第791号において、中等学校令により''大阪女学院高等女学校'''を設置し、同年4月より開校の件認可の告示。
・ 1947年4月 - ''大阪女学院中学校'''が発足。
・ 1948年
4月 - ''大阪女学院高等学校'''、恵星女子高等学校(定時制)が発足。
12月 - 恵星女子高等学校がYWCAより大阪女学院同窓会に移管され、大阪女学院敷地内に移転。
・ 1956年 - 専攻科(家政科・1年制)を開設。
・ 1958年 - 恵星女子高等学校は大阪女学院第二高等学校と改称。
・ 1963年 - 専攻科に英語科(2年制)を併置。
・ 1969年 - 専攻科の英語科を廃止。
・ 1971年 - 英語科を併置。大阪女学院第二高等学校を募集停止。
・ 1973年 - 専攻科を廃止。
・ 2003年(平成15年)- 文部科学省よりスーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール (SELHi) 指定を受ける。
(沿革節の主要な出典は公式サイト)
所在地
Location mapJapan Osakacaption:
・ 大阪府大阪市中央区玉造二丁目26番54号
バス
・ 大阪シティバス
(18・85号系統)「清水谷高校前」停留所より北へ100m(徒歩3分)正確には、北北東へ約350m(徒歩約4分)。
(85号系統)「玉造」停留所より北北西へ約650m(徒歩約8分)
(62号系統)「国立病院」停留所より東南東へ約800m(徒歩約10分)
鉄道
・ Osaka Metro
正確には、北西へ約500m(徒歩約6分)。
正確には、西南西へ約850m(徒歩約11分)。
・ JR ■大阪環状線 正確には、北西へ約850m(徒歩約11分)。
O06「森ノ宮駅」より南西へ約1.0km(徒歩約13分)
設置する課程、学科、コースならびに定員
1990年代〜2000年代にかけては中高一貫校としての性格が濃くなり、高校の募集は若干名となり、殆どが中学からの内部進学者であった。
大阪女学院中学校
・ 570名(募集人員女子190名)
大阪女学院高等学校
・ 全日制課程
普通科
・ 文系 -(募集人員女子約40名)
・ 理系 -(募集人員女子約30名)
英語科
・ 英語コース -(募集人員女子約30名)
・ 国際バカロレアコース -(募集人員女子約15名;2018年度より募集開始)
教育活動
中高を通して、毎朝の礼拝、週1回の聖書の授業、各学期末における聖書のテスト、また年に1度、修養会(修学旅行のない学年は1泊2日、修学旅行のある学年は学校で1日)また伝道週間と呼ばれる宗教行事があり、キリスト教精神の深く根づく学校である。
英語教育に力を入れている。普通科でも、高校1年生の夏季休暇中に有志の海外研修がある。また高校二年生の夏季休暇中に、希望者を対象に海外への語学留学の機会を提供している。
著名な出身者
メディア
・ 大角茉里 - 愛媛朝日テレビ→千葉テレビ放送アナウンサー→フリーアナウンサー
・ 出世凪沙 - フリーアナウンサー、元鹿児島放送アナウンサー
・ 濱田苔花 〜 ジャーナリスト
・ 八木麻紗子 - テレビ朝日アナウンサー
経済・実業
・ 小島幸保 - 弁護士
文芸・芸術
・ 三好潤子 - 俳人
・ 山下弘子 - 闘病記著者
舞台芸術・芸能
・ 和泉ちぬ - 女優、声優
・ 今出舞 - 女優、SKE48元研究生
・ 鴨池彩乃 - 声優
・ 神田広美 - 歌手、作詞家
・ 北川景子 - 女優、大阪女学院教育後援会(Wilmina会)会長
・ シリア・ポール - 女優、歌手、タレント
・ 東風万智子 - 女優
・ 仲みどり - 女優、初の原爆症認定患者
・ 早川聖来 - 乃木坂46元メンバー
・ 原田糸子 - 元女優
・ 福本莉子 - 女優、第8回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリ
・ 汀夏子 - 元宝塚歌劇団雪組トップスター
スポーツ
・ 織田憲子 - フィギュアスケート選手、コーチ
・ 金彩華 - フィギュアスケート選手
・ 小林寛美 - アーティスティックスイミング選手
・ 佐藤久美子 - フィギュアスケート選手
その他
・ 糸岡富子 - 2024年8月19日から12月29日まで、存命中の世界最高齢だった人物。
海外姉妹校
・ Ravenswood School for Girls - 姉妹校提携締結。オーストラリア ニューサウスウェールズ州シドニーのゴードンにある、女子の中等教育学校。
交流校
・ 桃山学院中学校・高等学校
・ 活水中学校・高等学校
その他
採用資格にもあるように、教諭は全員洗礼を受けたキリスト教徒である。
参考文献
・ isbn:
外部リンク
・
・ osakajogakuingram
・ OsakaJogakuin
・ OsakaJogakuin.js.1884
出典:Wikipedia: (225468)

