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偏差値なんてくだらない?
偏差値なんてくだらない?

「偏差値なんてくだらないよね。でも高い偏差値をとろうね」というスタンスを皆さんにお勧めしています。


「くだらないけど、がんばれ」


これは一見、矛盾していますね。偏差値(に固執すること)がくだらない理由は、学力偏差値で計れるのは情報処理能力だけだからです。それは人間の能力のごくごく一部に過ぎません。(自己管理能力の高さを表す場合もあります)


情報処理能力とは情報のインプットとアウトプットの能力を指します。つまりは教科書や黒板に書いてあることを覚えて、テストの時に書き出す能力のことです。コンピューターが最も得意とする分野で、今後は重要度が下がっていく能力です。


それにも関わらず、がんばって高い偏差値をとった方がいい理由は、現状ではそれくらいしか人間の能力(脳力)を数値化して客観的に評価することができないからです。


ちょっと分かりにくいですね。


視点を変えて考えてみましょう。例えば近年では特に重要度を増しているコミュニケーション能力。これって数値化できますか?他にも協調性、柔軟性、発想力など、偏差値(情報処理能力)と同等か、むしろそれ以上に重要なほとんどの能力は数値化が困難です。


世の中に向けて「私は柔軟性や発想力に優れています。だから良い仕事をする自信があります!」と言っても「あ、そうなの。よかったね。で、実績はあるの?」と返されるだけです。(実績があるのなら問題ありません)


一方で「私は偏差値60で有名大学に合格しました。だから仕事も能率的にこなす自信があります!」と言えば「ふーん。まあ、そうかもしれないね。(最低限の能力は保証されているな)」となります。


偏差値なら自分の能力の少なくとも一部を客観的に一瞬で証明することができます。人間の能力には大して差がないものです。ひとつだけでも客観的な指標を持つことは、大きなアドバンテージ(優位性)となります。(沢山の人が資格を取ろうと必死になるのはこのためです)


だから「高い偏差値をとろう」というスタンスが重要になってくるわけです。


「高い偏差値をとろう」と言うと、偏差値の相対性(必ず低い偏差値をとる人が出てしまうこと)を問題視する人がいます。ですが、それは問題の本質ではありません。通信簿が相対評価から絶対評価に変わったことで無価値化したように、評価とは相対的にしかできないものだからです。

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