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偏差値なんてくだらない?
なぜ偏差値が神格化するのか

市場では「あなたの商品(サービス)は、あっちのより駄目だなぁ。だから買わないよ」と相対評価されて「他の商品と比べるな!」と怒る人はいません。市場では人(の能力)も商品です。お金を沢山もらうのは、他に替えのきかない人達です。


社会に出てからいきなり相対評価で比べられるより、学校で慣れておいたほうがむしろ良いとさえ言えます。偏差値の問題は相対評価ではありません。問題なのはあなたの中で「偏差値が絶対視されすぎている」点にあります。


偏差値は「人間の能力のごく一部」を評価する指標に過ぎません。ところが学校と家と塾だけを往復していると偏差値(テストの点数)が神格化されてしまいます。この傾向は田舎で特に顕著(けんちょ)です。


学校では基本的に学力偏差値と身体能力(体育)しか評価しません。他の能力は客観的に評価できないからです。塾にいたっては偏差値の専門学校です。家庭では多様な価値観による評価が可能ですが、親御さんも客観的な評価である偏差値を無視することはできません。


偏差値が絶対化された状態にあって、それの低い状態が続くことはとても不幸です。その人の中に「自分は駄目なのかも」という諦念感(あきらめ)が生じやすくなります。逆に偏差値の高い状態が続くと、それだけで「自分はすごいのかも」という優越感を得やすくなります。ですが、それは単なる勘違いです。


そして高校受験を契機に、その誤った諦念感や優越感が多くの10代に定着しているように思えます。


それはその人にとって大変不幸であると同時に、日本社会にとっても大きな損失です。なぜなら偏差値(情報処理能力)が高くないだけで、総合的に見れば優秀な人材が埋もれてしまっているからです。その逆もまた然り。それは将来のあなたかもしれません。


かつて「女性には仕事はできない」と思われていた時代がありました。「やらない」ではなく「できない」です。ところが今は成長企業ほど、評価されずにいた女性を集めようと必死です。これは優秀な人材を女性というだけで埋もれさせていた証拠です。


そして今も多数の優秀な人材が「偏差値が低い」というだけで埋もれているように感じます。個人的なことを書けば、私の周りにもそのような人が沢山います。彼(彼女)らを企業が積極的に活用するようになれば、世の中は大分明るくなると思います。


とはいえ、ここで企業批判をするつもりはありません。企業が偏差値を使って採用を効率的に行うのには一定の合理性があるからです。それに偏差値採用がなくなったら、代わりに不公平なコネ採用が増えると思います。能力の指標がないのなら、知り合いから採用するというわけです。(不確実性の回避)


偏差値採用はある意味で合理的かつ公平な採用方法です。(今後は変わってくると思いますが)

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