進路2講演会2023 細胞が発するメッセージを読み解く未来【人体のSNS #エクソソーム】

12月4日(月)本校16期生で、東京大学先端科学技術研究センター教授の星野歩子さんを講師にお招きして進路3講演会2023を開催いたしました。星野さんは帰国生として本校に入学、部活はバスケットボール部に所属、高1ではアメリカに留学するなど、アグレッシブに学校生活を過ごされました。東京理科大学を卒業後、東京大学新領域創成科学研究科先端生命科学専攻に進まれ博士号を取得、その後、アメリカのコーネル大学医学部で研究生活をされ、2020年に東京工業大学准教授、2023年から東京大学教授に就任されました。2020年には第2回「輝く女性研究者賞」(科学技術振興機構理事長賞)、2021年には文部科学大臣表彰若手科学者賞、及び、全米医学アカデミー(NAM)Catalyst Award を受賞されています。以下、講演の様子を紹介します。


◆ 今日の講演のテーマとエクソソーム
今日は久しぶりに学校に来ました。中学生のシャツの色が変わったのにまず驚きました。今日の機会に、渋幕時代の事を考え直してみて、皆さんと少しでも共有できたらと思っています。まずは私の研究テーマであるエクソソームの話でワクワクしてもらいたいのと、私がこれまで経験してきたことを伝えて、n=1の例でしかないけれど、少しでもTake home 出来て、やる気が出て、前に一歩踏み出して、これからの人生が楽しみになるようなポジティブな気持ちで帰ってもらえる、そんな講演ができたらと思っています。

まずは私の研究テーマのエクソソームの話から入ります。エクソソームとはウイルスくらいの小さな粒で、この画面で見えている緑色に光るもの、これは癌細胞がマウスの肺に転移する前に送り出しているエクソソームを緑色に標識したもので、それが肺にたくさん入っています。このように癌細胞は転移する前に、転移する臓器に前もってパイオニアとしてエクソソームを送り込んで、そこを耕して転移しやすい場所を構築しています。癌細胞はどこに転移するかを決めているという機構を持っているのです。この機構を研究することはいろいろな疾患や生理現象の研究にも繋がります。

◆ 私が渋幕生の時から大切にしている想い
私がサイエンスを学びたいと思ったのは、高校1年生の化学の授業で周期表を学んだ時に、覚えられるくらいの数の元素で、すべてのものが集約され、出来上がっているということに感動したことがきっかけでした。例えば、ヒトの体の98%は炭素、水素、酸素、窒素のたった4つの元素から成り立っています。たった4つの元素のコンビネーションから細胞が出来て、それが繋がって臓器となり、各々違う機能を持つ個体となり、記憶ができて、命が生まれます。高校で周期表学んだことが、現在のキャリアに繋がりました。
私が渋幕生の時から大切にしている想いが3つあります。それが私のキャリア決定に大きな影響を与えています。それを紹介します。皆さんは、村上春樹さんの『カンガルー日和』を読まれたことがありますか。その本から学んだことは、「お互いが100%の運命の人であっても、その出会いのチャンスを逃すと二度と会うことができない」ということです。「チャンスは掴み取るもの」なのです。「後でもいい」ではいけません。2つ目は渋幕のネイティブの先生から学んだ「There is nothing either good or bad, only thinking makes it so. -William Shakespeare-」という言葉。それは、「物事は自分自身の考え方次第」ということ。3つ目が高校1年の時に留学したMichiganで、三人の子どもがいるシングルマザーの家庭でホームスティをしたときの経験です。私を受け入れることで、家族の形が改善され、自分自身もより成長できたという経験から、「Actionを起こさないとReactionは起こらない」ということを学びました。

◆ なぜ癌の研究者を目指したのか
高校を卒業して東京理科大学の応用化学科に進学しました。その時のバスケット部の仲間が、骨肉腫という病気になりました。何度か病院にお見舞いに行くうちに、同じ骨肉腫の少年と仲良くなりました。ところが、その少年は、肺に癌が転移して亡くなってしまいました。その時に、体の正常化が破綻する理由を知りたいと思うようになり、癌で亡くなる人を減らしたいと考えるようになりました。そして、癌の研究のために大学院はどこに行けばよいかを考えて、国立がんセンター東病院(東京大学大学院・落合研究室)を選びました。
皆さんは癌を切除した部分の中にどのくらいの癌細胞の割合があるか知っていますか。実は癌組織の中には癌細胞以外の細胞が多く含まれていて、癌組織全体の10%程度しか癌細胞がいないこともあります。癌は組織で成り立っているのですが、それ以外の部分を癌間質と言います。この癌細胞以外の組織である間質細胞がどこから来るのか、どんな性質があるのか、そして癌細胞にどんな影響を与えるのか、について明らかにするのが、私の修士課程と博士課程の研究テーマでした。特に癌に接する血管外膜の細胞は間質細胞の候補であり、不思議なことに脂肪や骨や筋肉など何にでも分化する幹細胞のようなポテンシャルがあることに注目して、これを夢中で研究をして論文を書きました。ある時、この不思議な細胞について病院の先生方(医師)の前で発表する機会がありました。その時にある先生から「君の研究で癌患者は何人救えるの」という質問をされました。私はドキッとしました。「癌で亡くなる人を減らしたい」という気持ちで研究者になったのに、いつのまにか別の研究の面白さに溺れていることに気がつきました。ここでぶれてはいけない、私のライフワークは、治療の戦略が打ち出せない現代の医療では、診断が難しい治療方法が解明されていない疾患の治療的戦略を打ち出すこと、未来の患者の希望になる研究・臨床に繋がる仕事をしたいと思い直しました。そこで改めて、博士課程卒業後には、どこでどのように研究をすればよいか考えました。
これは乳がんの5年生存率のグラフです。転移の無い原発癌では現在では98%以上ですが、遠隔転移があると33%程度に下がります。転移を止めることが大切なのです。そして転移には臓器特異性があります。乳癌は脳や肺や骨、大腸癌や骨肉腫は肺というように、それぞれの癌細胞は血流を通して、体中を巡るのにも関わらず転移しやすい場所は決まっています。これは120年くらい前にはわかっていましたが、その理由は分かりませんでした。その時代のStephan Pagetというイギリスの臨床医は、癌の転移はランダムに起こるのではなく、世界中にトウモロコシの種を撒いても、マッチングされて耕された土壌からしか芽が出ないのと同じように、種である癌細胞も同じくマッチングして耕された臓器にしか転移しない、種と土壌の関係があるという仮説を提唱していました。


◆ コーネル大学医学部での研究生活
2005年、コーネル大学のDavid Lyden先生のグループが学術誌「Nature」に「前転移ニッチ」という概念を発表しました。それは「癌細胞が転移先に到達する前に、すでに転移しやすい場所が耕されて準備されていることをマウスの実験で証明し、転移を防ぐにはそこを元に戻せばよい」ということを示唆する内容でした。私は感動してLyden先生の研究室で学びたいと思いました。そしてラッキーなことに、高松宮妃癌研究基金の国際シンポジウムに、ベル係として、直接Lyden先生の発表を聞く機会を得ました。その時に、「今話をしなければ何も始まらない、一生話すことが出来ない」と考えて、勇気を出して「Lyden先生はどのように研究者(ポスドク)を選びますか」と尋ねました。すると「実績よりもこの人と研究したい人に来てもらいたい」という返事がありました。何とかLyden先生にインパクトを残すため、それから毎年同じ時期(正月)に、以前のメールに返信する形で(記憶が辿れるように)メールを送りました。そして4年後に、研究室への受け入れを希望したところ「待っていたよ」との返事をもらい、ついに2010年からコーネル大学のLydenラボで、ポスドクとしての研究生活が始まりました。

ここからはポスドクでの研究生活(ポスドクあるある)を4つのキーワードで紹介します。まずは「Free Pizzaで生き抜け!」ポスドクは薄給です。Free Pizza Network というのがあって講演会などでピザを食べられる機会があると、ポスドクがたくさん集まってきます。次は「就業時間なんぞ」。研究室にはいろいろな国から集まっています。レベルが高い人が多く、皆やるべき時は時間に関係なく行動しますが、なるべく時間をかけずにアウトプットを効率的に行うために、柔軟性をもって個々人で対応しています。そして「自分の常識が覆るとき」。高価な機械にも平気で落書きをしているのを見ると、ここでは私の常識は通用しない、だから「わかるよね」ではなく、密なコミュニケーションをとることの重要性を実感できます。さらに「Don’t just sit there!(ただ座っているな!)のプレッシャーに負けるな」。私は英語には自信がありましたが、ニューヨークでのある会議に参加した時、皆早口で、反応が早く、全く発言をすることが出来ませんでした。そこで私はDictationを徹底的に行いました。そして、実は大した内容ではないことを言っている人も多くいることに気づきました。ただ、テンポよく話すことにより、それらしく聞こえるので、その会話術を真似てみたところ、自分の発言のタイミングが掴めるようになりました。最後に「この先にはサクセスがある!」。アメリカでは、研究生からスタッフ、さらに助教、教授と給料がどんどんアップします。日本よりはずっと高いです。但し、アメリカには産休や育休はほとんどありません。自分の生活スタイルなどを考えて、どこで研究するのが一番良いのか考えることも必要です。

◆ 私の研究テーマと将来の可能性
Lydenラボでは前転移ニッチを研究しています。前転移ニッチとは、癌細胞より先に、癌細胞が産出するエクソソームが未来転移先に行き、転移しやすい場所を形成することを言います。エクソソームは癌細胞だけでなくすべての細胞が出している小胞です。大きさはちょうどコロナウィルスと同じくらいで、1ミリの血漿に何兆ものエクソソームが存在しています。エクソソームは40年くらい前に発見され細胞の不要物を除去するものと考えられていましたが、16年前に他の細胞に取り込まれることがわかりました。それからエクソソームは、新たな細胞間コミュニケーションツールとして注目されています。そしてエクソソームの中には、元の細胞の持つ、たんぱく質やDNA、RNA、脂質などが含まれていて、まさに人体のSNSとして、人体の生体状態を反映したバイオマーカーとしても期待されています。そして、癌細胞産生のエクソソームは、ラベリングをすると分かるのですが、未来転移先が決まっており、必ず癌細胞より前にそこに到着します。そして最近の研究で肺・肝臓においては癌細胞由来エクソソームは未来転移先において、転移促進的な臓器の形成に影響のある事が証明されました。次に、なぜエクソソームは特定の臓器に行きやすいのかが知りたくて、研究をしてみました。すると、癌細胞が産生した、エクソソームを小包と考えると、その小包には郵便番号のような特別な分子(インテグリン)が表面に付いていることがわかり、その郵便銀号の種類によって、どの臓器へエクソソームが行くかがわかる、ということが明らかになりました。こうした研究から、この研究の将来の可能性として、エクソソームが未来の転移先を耕している時点を、癌の転移とすることで、癌細胞が転移してから治療を始めるのではく、エクソソームが耕している状態を元に戻すことや、癌細胞にエクソソームを産出させなくすることや、除去するなど、転移抑制のための治療法を見つけています。さらに一定の数の血漿中のエクソソーム含有タンパク質を、機械学習した結果から、癌のバイオマーカーとしての機能も考えられています。それは癌の有無だけではなく、どこの癌であるかも判断できる画期的なものです。

◆ 研究者としての生活
ここまで一見、順風満帆に見える私の研究生活ですが、実はそうはもありません。コーネル大学のLydenラボでのエクソソームの研究は、前述のように2005年に「Nature」という学術雑誌に掲載されました。こうした雑誌に論文が掲載されると5〜6年は研究費が確保できます。ところがLyden教授は、2005年以降、エクソソームの研究に傾倒してしまい、論文を書かなかったため、新たな研究費が不足して、私がLydenラボに入った2010年頃は、資金難の状態にありました。実は、私は大学4年の時も同じような経験をしました。ちょうどその頃に所属した医療系研究室は、あまり研究費を使わない研究室で、私は血液中の特定のたんぱく質の研究をしていました。品川の屠殺場に行って、無償で豚の血液を譲り受け、時間をかけて、苦労してこのタンパク質を精製しました。ところがこのたんぱく質、実は市販されています。資金があけば、苦労せずにもっと早く研究をスタートすることができたのです。次からは、お金のある研究室に行きたいと思っていたのですが、人生はそううまくいきませんでした。それでも研究は、お金が無くてもある程度進めることができます。でも給料だけは、生活がありますので、ボランティアというわけにはいきません。私は、何とか研究費を得るために、アメリカや日本などの助成機関に、癌や自閉症などの研究提案書を送りました。そして1つだけアメリカで研究費を支給してくれる団体が見つかりました。それから9年間、私は、何とか自分の給料は自分で獲得するという信念をもって、アメリカで研究を続けました。2017年からの3年間は、妊娠、出産、育児も経験しました。Lydenラボでは、私のいた9年間で8人の研究員が妊娠しました。そのほぼ全員が、出産当日か前日まで研究室に来ていました。前述のようにアメリカには産休、育休期間はあまり長くなく、私は有給での産休期間は合わせて6週間しかもらえず、2週間の有給休暇と合わせて8週間だけ休みました。そして研究室に戻ると搾乳室の鍵を渡されました。アメリカでは仕事をしながら、妊娠、出産、育児を行うことが、自然であると感じられる社会体制になっています。自分が考えるライフスタイルと、国の考える指標の例として考えてみてください。

◆ 自閉スペクトラム症(ASD)の血漿由来エンソソームの研究
もう1つだけエクソソームの話をさせてください。エクソソームが臓器特異的分布を行うのは、癌細胞由来だけではありません。私の研究テーマの、自閉スペクトラム症(ASD)の血漿由来エンソソームを、マークしてマウスに投与する実験をしました。このエクソソームは脳のフィルターを越えて脳のミクログリアやニューロンに取り込まれました。このようにエクソソームには、いろいろな形があることを知って下さい。ASD由来エクソソームが脳環境にどのような影響を与えるのか、ASDの病態に関わるのかを今は検証しています。


◆ 最後にメッセージを2つ
最後に、メッセージを2つ皆さんに伝えます。1つ目は「言葉にすること」。自分が目指している事、叶えたいと思うことは、必ず言葉にして下さい。私はアメリカにいるときに「日本にいつか帰りたいと思っている」と言ったら、周囲の人は、私が日本に帰りたいとは思っていなかったらしくて、その後、いろいろなアドバイスをしてくれました。これは4日前の出来事ですが、私の研究室のある優秀な学生が相談に来ました。それは、彼が開設したYouTubeチャンネルの登録者が、なんと160万人になり、いろいろな企業からも連絡が来て、これはチャンスだと考えて、暫くはそれに専念してみたいという内容の相談でした。私は、彼に研究の事は心配しなくていいから、就活期間だと思って、それに専念するように答えました。彼が言ってくれたから、何を彼のために、私が出来るかを考えることができました。また、遠慮せずに、ディスカッションはガンガンすべきです。アメリカは「Don’t just sit there!」ですから。
2つ目が「目指す場所は新たなスタート地点」であること。東大を目指すのもHarvard を目指すのも、大切なのは、なぜそこなのか、その時間をどう使うのか、そこで「あなた」は何をするのかを、しっかりと考えてから行動してください。そして目指した先は、ゴールではなくスタート地点です。私自身も今のポジションはスタート地点だと思っています。

最後に、私は日本の次世代の研究者を応援していきたいと考えています。私は日本に帰ってきて娘と生活していますが、研究者として生活するためには、もう一人は難しいと思っています。でも、これから先の皆さんは、研究者になるために、何かを犠牲しなければならないと思って欲しくありません。そのためにも研究者としての仕事を理解してもらうために、それを経験できる場所を提供したいと考えています。
私の話はここまでとします。ご清聴ありがとうございました。

◆ 質疑応答
講演の終了後、星野さんに生徒との質疑応答をお願いしました。以下は質問の内容です。
(回答は省略)
※ これからの娘さんの教育についてどう考えますか?
※ エクソソームの研究が何故社会にとって有効と考えましたか?
※ 人生に大きな影響を与えてくれた人はいますか?
※ 人として尊敬できる人のエピソードがあれば教えてください。
※胞小器官についてのホットな情報があれば教えてください。

講演はとても充実した内容で、予定の時間はあっという間に過ぎてしまいました。星野さんのアグレッシブな生き方や、気持ちのこもった講演の内容は、本校生徒にとても有意義な時間を与えてくれました。本当にありがとうございました。今後の星野さんの益々のご活躍を祈念申し上げます。