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取得日:2023年03月22日[更新]

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名古屋中学校・高等学校

宗教部長より

<礼拝動画は季節ごとに更新していきますので、ご覧ください。

 


 

【お祈り】

2023年 1月

「 心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 常に主を覚えてあなたの道を歩け。

そうすれば主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。 」 (箴言3章5-6節)

 

2023年、新しい年を迎えました。 受験シーズンの今月は、多くの汗と涙が溢れることでしょう。

今はただ、目標に向かって頑張っている皆さんを応援し、お祈りしております。

受験だけでなく、人生にはいくつもの試練が訪れます。

必死になって頑張っても自分の思うようにならないこと、

果たしてこの努力に何の意味があるのかと心が折れそうになること、

誰からも評価されず一人で孤独感に苛まれること、

日々一生懸命生きている人ほど、その努力が報われないとき、深く傷付いてしまいます。

しかし、すべてに神のはたらきがあり、人生のあらゆるピースはつながっていくのです。

すべてのピースがつながったとき、そこにはきっと悲しみも苛立ちも孤独もありません。

美しい未来に期待しつつ、新しい1年、また今日という1日を誠実に歩んでいきましょう。

 

神さま 喜びの内に目覚め、日々祈りつつ、どんなことにも感謝する一年となりますように。アーメン

 


 

2022年12月

「エフラタのベツレヘムよ お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのために イスラエルを治める者が出る。 彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。 」(ミカ書5章1節)

 

この「ユダ」の誕生は、創世記29章35節に記されています。ユダを産んだ母レアは、夫ヤコブに愛されないばかりでなく、その夫ヤコブはレアの妹であるラケルを心から愛していました。孤独と嫉妬に苦しむレアの姿が、レアの子どもたちの名前から想像できます。レアは7人の子を産みましたが、その度に「今度こそ夫は私を見てくれるだろう」と期待します。しかし、その期待は彼女の悲しみをより深めるものになっていたでしょう。そんなレアが4人目を産んだとき「今度は主をほめたたえます(ユダ)」と言って、その子をユダと名付けました。夫に執着していたレアが、主に心を向けたのです。ヤコブの12人の息子のうち、このユダが主イエス・キリストの系図に入れられました。

今年は11月27日からアドベントに入りました。主イエス・キリストがこの世に来られた喜びを、一日一日味わっていきましょう。

 

神さま 私たちの内にある孤独や悲しみを、あなたの光で照らし暖めてください。 アーメン

 


2022年11月

「 主は彼に言われた。「一体、誰が人間に口を与えたのか。一体、誰が口を利けないようにし、耳を聞こえないようにし、目を見えるようにし、また見えなくするのか。主なるわたしではないか。さぁ、行くがよい。このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう。」 」(出エジプト記4章11-12節)

 

この聖書箇所は、「奴隷生活を虐げられているイスラエルの人々をエジプトから連れ出しなさい」と、モーセが神から召命を受けるエピソードです。しかしモーセは、口下手であることなどを理由に神に逆らい、「どうか私ではなく別の人を…」と訴えます。あまりにしつこく拒むモーセに、神は怒りを発しながら「兄アロンが今、あなたに会おうとこちらに向かっている。語るべき言葉を彼の口に託すがよい。」と語りました。神は、自信のないモーセを見て、次の対策として兄アロンを送ったわけではありません。この時点で兄アロンは「向かっていた」のです。私たちが抱く恐れや弱さ、そのすべてを神はご存じです。そして、私たちが願うより前に、私たちに必要なものを備えてくださいます。

 

神さま 弱くもろい私たちでありますが、あなたを信頼して一歩一歩力強く歩むことができますように。アーメン

 


 

2022年10月

「 その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」 」(創世記3章8-9節)

神から禁じられていた実を食べてしまったアダムとエバは、神を避け木の間に隠れました。二人がどこにいるのか知らないはずがない全知全能の神は、あえて問いかけます。

「どこにいるのか。」

人は誰しも、時に迷い、時に間違え、時に座り込みます。私たちがどこにいようとも、神はいつも見守っておられます。しかし、「神との関係において今自分はどこにいるのか」と、私たち自身が自分を知り、省み、正しい場所へと立ち帰ることを神は願っておられます。

神さま 私たちが迷う時、あなたの呼びかける声に気付き、そして応えていくことができる強さをお与えください。 アーメン

 

 


 

2022年9月

「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」(マタイ7章13-14節)

この「入りなさい」とは、意志を持って自発的に入りなさいという意味です。特に何も考えず大勢が行く流れに乗って、目の前に広がる門に進んではなりません。どこから入るべきか自分でよく考え、探し、見極めて入ることが求められています。命の道を進むには、自分の意志が大切なのです。今日から2学期スタートです。生徒たちが、 Enter by the narrow gate(狭い門)と書かれた校門を通ってやってきます。

神さま この学び舎で敬神愛人の御教えを学んだ生徒たちが、いつまでも真理を追い求め、正しい道を歩み続けるよう導いてください。 アーメン

 


 

2022年8月

「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5章9節)

 

<アッシジのフランチェスコ 平和への祈り>
わたしを平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに愛を
争いのあるところに和解を
分裂には一致を 疑いには信仰を
誤りには真理を 絶望には希望を
悲しみには喜びを 闇には光をもたらすことができますように。
わたしたちがあれこれ求めることを止め
かえって慰められようとするよりも慰めることを
理解されようとするよりも理解することを
愛されようとするよりも愛することを望ませてください。
与えるから受け、ゆるすからゆるされ
死のうちに永遠に生きるのだから。 アーメン


2022年7月

 

「あなたに感謝をささげます。神よ、あなたに感謝をささげます。

御名は私たちの近くにいまし 人々は驚くべき御業を物語ります。」(詩編75編2節)

 

米国から来日した宣教師、F.C.クライン先生は、1887年7月11日に名古屋中学・高等学校の前身「名古屋英和学校」を創立しました。どんな情熱と使命感を持ってこの地に来られたのか、様々な困難に立ち向かう中でどんな葛藤があり、何に支えられていたのか、クライン先生に思いを馳せます。? クライン先生の親しい友人J.C.ブルームフィールド博士は、クライン先生の思い出を次のように記しています。「彼は祈りの人、愛の人、信仰の人、実行の人であった。彼が捧げる祈祷、彼の弁論が、いかに人々の心を感動させたか、私はいつまでも忘れることはできない。」? そんなクライン先生は疲労から健康を害し、止む無く帰国されました。帰国時のことが『名古屋学院百年史』にこう記されています。「名古屋を離れるとき、創立者クラインには確信があった。彼の意志を承け継ぐ人々の信仰と熱意とがあるところ、必ず名古屋英和学校は維持され、神の御恵みも豊かであろうと、彼は見送りの人々を激励した。」

 

神さま これまでの長い歴史の中にも、またこれからも、名古屋学院を導き、共に歩まれる主に感謝いたします。また、多くの方々の祈りの上に今日の名古屋中学・高等学校があり、135周年を迎えられた幸いに感謝いたします。アーメン

 


 

2022年6月

「地上にはまだ野の木も、野の草も生えていなかった。主なる神が地上に雨をお送りにならなかったからである。また土を耕す人もいなかった。しかし、水が地下から湧き出て、土の面をすべて潤した。」(創世記2章5-6節)

本校の敷地にはたくさんのクローバーが生えています。水やりをしなくても、地や雨水だけで生き生き青々としている姿に、神の恵みを見ることができます。私たちの心は何によって潤されているでしょうか。湧き出る主の恵みを感じながら、歩んでいきましょう。

神さま 心が飢え渇く時、神さまの恵みで潤う喜びを、すべての人に味わわせてください。アーメン

 


 

2022年5月

「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。」(コロサイの信徒への手紙13章12-14節)

この聖書の教えは、ただ「他者を愛しなさい、ゆるしなさい」とすすめているわけではありません。重要なのは、「あなたがたは神に…愛されているのですから」「主があなたがたを赦してくださったように」という部分です。私たちにとって、他者に関心や愛を向けることや、ゆるすことは容易なことではありません。しかし、そんな私たちを主は愛し、ゆるしてくださったのです。そのことを心に留めるとき、今の自分自身の姿・弱さを改めて省みることができるのではないでしょうか。

神さま 世界の問題や身近な他者に対しても関心・愛を向けることのできない、弱い私たちの心を造り変えてください。愛を身に着け、日々歩むことができますように。 アーメン

 


 

2022年4月

「どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」(エフェソの信徒への手紙6章18節)

遠い国の平和のために、私たちにできることなど何もないと心を痛めることがあるかもしれません。しかし、私たちは祈ることができます。「たかが祈り」ではありません。祈りには、人を、社会を、世界を変える力があります。強い心を持って、平和のために、苦しむ人々のために、共に祈りましょう。

神さま この世界に主の平和と救いをお与えください。今恐れの中にある人々、傷付いた人々の上に、主の深い慰めがありますように。あなたが彼らの右にいて、どんな時も守り導いてください。 アーメン

 


 

2022年3月

「主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。」(列王記上19章11-12節)

私たちが神を求めながらも、心を騒がせている出来事に気を取られているうちは、神の呼びかけに気付くことはできません。それらの騒がしい出来事の中には、主はおられないからです。私たちが目の前の問題にではなく、主に目をあげるとき、静かにささやく御声が聞こえるでしょう。あらゆる心配事や不安は絶えなくとも、主の導きを信じる強さを持ち、一歩ずつ歩んでいきましょう。

神さま あらゆる形で呼びかけられる御声に、私たちが気付くことができますように。アーメン

 


 

2022年2月

「目を上げて、私は山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。」(詩編121編1-2節)

私たちは時に、人には理解してもらえない悩みや悲しみを抱えたり、誰とも共有できない痛みに苦しむことがあります。そんな時は、誰にも助けを求められず、押し潰されそうになるでしょう。しかし、聖書は語ります。「誰も助けてはくれない」「祈っても何も変わらない」、そう言って顔を伏せているのは自分自身であることを。目を上げてみれば、本当はもうずっと前から差し伸べられた助け手があることを。その悲しみに寄り添い、共に心を痛めている存在を。いつどんな時も、私たちの右には私たちを守る方がいてくださるのです。

神さま 私たちのどんな小さな悲しみも、知っていてくださることを感謝します。アーメン

 


 

2022年1月

「私たちは自らの道を探し求めて 主に立ち帰ろう。天にいます神に向かって両手を上げ 心も挙げて言おう。」

(哀歌3章40-41節)

人生において、この先どこへ進めばいいか分からない、と思える時があります。そんな時は「主に立ち帰る必要がある」と聖書は教えています。私たちは、解決すべき問題や置かれている境遇、心を捉えるあらゆる感情にばかり目を奪われてしまいますが、問題の解決以前に、「神と私」の関係は正しいか、と問われています。神との正しい関係を築くこと、神に心を向けることで、心を支配している怒り、悲しみ、孤独、焦り、後悔から少しずつ解き放たれ、次に自分が進むべき道が見えてくるのです。新年、心新たに力強く歩んでいきましょう。

神さま どんな時も、私たちが神さまを見上げることを忘れずにいられるよう、心を強めてください。アーメン

 


 

2021年12月

「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み その名をインマヌエルと呼ぶ。」(イザヤ書7章14節)

現代では、クリスマスと言えば楽しいイメージが定着しています。しかし、聖書に記されるクリスマス物語の背景には、様々な困難や悲しみがあるのです。現代に生きる私たちが、たとえどんな暗い世界や辛い環境にいても、暗闇を照らす光として神さまは独り子をこの世に送ってくださいました。「神は我々と共におられる(インマヌエル)」そのことを通して真の幸せや希望を見出せる、そんなメッセージがクリスマスには込められています。

神さま 私たちの行く道があなたによって照らされ、また私たちが光の子としてふさわしく歩むことができますよう導いてください。アーメン

 


 

2021年11月

「怒りを解き、憤りを捨てよ。自分も悪事を謀ろうと、いら立ってはならない。」(詩編37編8節)

旧約聖書 創世記4章には、カインとアベルの物語が記されています。兄カインに怒りの感情が芽生えたとき、カインは神に立ち帰ることなく、神との関係を自ら断ち、怒りに心を支配されてしまいました。そしてその結果、弟アベルの命を奪うという取り返しのつかない罪を犯したのです。
私たちはどのような困難や境遇にあっても、いつも神に心を向け、正しさを見失わないよう努めていかなければなりません。今の自分の姿は神に喜ばれるものであるか、時に立ち止まってみましょう。

神さま 私たちが怒りや苛立ちに心を支配されることなく、主に立ち帰って、正しく歩むことができますよう導いてください。アーメン

 

 


2021年10月

「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」(ヘブライ人への手紙11章1節)

キリスト教における希望は、「こうなったらいいな」といった単なる期待や願望ではなく、神さまを信頼することで与えられる確信です。「神さまがいるから大丈夫」「今は分からなくても神さまの計画を信じよう」、そう神さまに信頼を置くことで希望が揺るがない確信に、強さになります。最初から分からなくていい、時には閉じこもって休んでもいい、すべての答えや解決策は神さまが備えてくださっているのだから。

神さま どんな困難や苦しみがあっても、あなたを信頼し立ち上がる力を与えてください。アーメン

 


 

2021年9月

「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」(マルコによる福音書6章50節)

聖書には主イエスが起こした奇跡の出来事が記されています。舟に乗った弟子たちが嵐に翻弄されています。そこへ主イエスが歩いてこられ「恐れるな」と語ります。そして主イエスが舟に乗ると嵐は静まったというのです。不思議な奇跡の物語です。コロナ感染危機という嵐が長く続き、私たちは恐れと不安の中、生活しています。そのただ中にあって、今日、主イエスが「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と語ってくれていることを信じます。信じることによって、奇跡はおこります。信じることによって絶望が希望に変わります。

神様 いつもあなたが共にいてくださっていることを信じます。 今日あなたが「安心しなさい。恐れることはない」と語ってくださっていることを信じます。 アーメン

 


 

【お祈り】

6月15日(月)

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。」(マタイによる福音書7章1節)

コロナウイルスは本当に手強い存在です。収束していると思ったらまた感染者が出ています。目に見えない存在を意識して生きる生活がしばらく続きます。またウイルスと同時に、偏見や差別という人の心の在り方も問題になり続けます。心を強く保ちたいと思います。

神様 わたしたちが互いに裁きあうことのないように導いてください。アーメン

 


 

6月12日(金)

「わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」(コリントの信徒への手紙? 12章10節)

コロナウイルス感染の危険性はまだ続きます。注意深く生活する必要があります。私たちは決して強くない、ということを自覚して、弱いからこそ助け合って生きていくことが大切だと思います。弱さを知ったとき、神様や隣人の大切さに気付きます。

神様 弱い私たちと共にいてください。アーメン

 


 

6月11日(木)

「慰めよ、わたしの民を慰めよと あなたたちの神は言われる。」(イザヤ書40章1節)

明日からいよいよ全校生徒が登校してきます。お互いの安全に気をつけながら、順調に学校生活が続いていくことを祈るばかりです。自粛生活の中、精神的にダメージを受けている生徒、保護者のみなさんの上に神様の慰めを祈ります。

神様 私たちの心を平安にしてください。慰めを与えてください。アーメン

 


 

6月10日(水)

「イスラエルよ。今、わたしが教える掟と法を忠実に行いなさい。」(申命記4章1節前半)

聖書に描かれているイスラエルの民は神様からの掟を忠実に守って生きてきました。今、コロナウイルスに感染しないための生活様式を、世界中で行う必要があると語られています。自分の命と他者の命を守るために、世界共通の掟を忠実に行うという意識で生活しましょう。

神様 命を守るための掟を忠実に行うことができますように。アーメン

 


 

6月9日(火)

「憎しみはいさかいを引き起こす。愛はすべての罪を覆う。」(箴言10章12節)

新しい生活様式ということで、気を遣う日々を送っています。ちょっとしたことで、トラブルを引き起こしてしまうことになります。こういう時だからこそ、他者のことを考えて行動することが求められます。隣人を愛する小さな行動を積み重ねていきましょう。

神様 憎しみではなく、愛を身につけて生活することができますように。アーメン

 


 

6月8日(月)

「わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(マタイによる福音書10章42節)

コロナウイルスの危険性はまだありますが、このまま順調に終息していくことを強く祈ります。気を遣う日々ですが、身近な人に小さくても親切な行動をとることが、この危機を乗り越えることにつながると思います。隣に困っている人がいたら、やさしく声をかけてみましょう。

神様 隣人と助け合って生活することができますように。アーメン

 


 

6月5日(金)

「祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうずれば、そのとおりになる。」

(マルコによる福音書11章24節)

キリスト教徒は毎日祈っています。自分の事も祈りますが、特に家族や友達、様々な人の幸福を祈ります。今はコロナウイルス感染危機の中、懸命に生きている方々の事を祈ります。世界中で多くの人が祈りをささげるならば、この危機を乗り越えることができると信じています。

神様 今、生きているすべての人の上に、平安と祝福を与えてください。アーメン

 


 

6月4日(木)

「飢えている人に心を配り 苦しめられている人の願いを満たすなら あなたの光は、闇の中に輝き出て あなたを包む闇は、真昼のようになる。」(イザヤ書58章10節)

中村哲さんが神様の下に帰って半年がたちました。誰が何の目的で中村さんの命を奪ったかは今だ不明です。中村さんはこの世にはいませんが、彼の意志は多くの人々によって引き継がれています。アフガニスタンの人々にとって彼の生き方は、希望の光として更に輝き続けることとなるでしょう。

神様 今苦しみの中にある人々の上に、希望をもたらしてください。アーメン

 


 

6月3日(水)

「あなたがたは世の光である。」(マタイによる福音書5章14節)

生徒たちが再び学校に集まってきました。元気な生徒のみなさんの姿を見て、私たち教員はみんな喜んでいます。生徒のみなさんの存在は学校や社会を明るく照らす光です。このまま順調に、全員が集まれることを祈っています。

神様 いつも世を照らす光として生きることができますように。アーメン

 


 

6月2日(火)

「キリストに結ばれて歩みなさい。」(コロサイの信徒への手紙2章6節)

アメリカでは人種差別的な警察の行動が原因で、暴動がおこっています。コロナウイルス感染に加えて、苦しむ人々の怒りが噴出しています。人種差別には断固反対すべきです。しかし暴力では何も解決しないし、事態は余計悪くなります。キング牧師の言葉を今、心に刻みたいと思います。

神様 アメリカに、すべての国に平和をもたらしてください。アーメン

 


 

6月1日(月)

「あなたの神、主は憐み深い神であり、あなたを見捨てることも滅ぼすことも、あなたの先祖に誓われた契約を忘れられることもないからである。」(申命記4章31節)

いよいよ段階的ですが、学校が再開します。生徒のみなさんは自分の安全と他者の安全に気をつけながら、登下校してください。今までとは違う学校生活となりますが、クラスの仲間と励まし合いながら、心と体を学校生活に慣らしていきましょう。

神様 学校に通う生徒たちの安全を、どうかお守りください。アーメン

 


 

5月29日(金)

「新しい歌を主に向かって歌え。」(詩編149編1節)

来週から段階的に学校が再開されます。生徒の皆さんはくれぐれも安全に登下校してください。まだ皆さんと礼拝の中で大きな声で歌えませんが、再び集まれる喜びを笑顔で伝えあいましょう。コロナウイルスの存在を意識しながら、心と顔はいつも上を向けて過ごしましょう。

神様 一人一人の安全を守り、心の中に希望の歌を与えてください。アーメン

 


 

5月28日(木)

「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネによる福音書13章34節)

「お互いに愛し合う」ことは、昔から言われてきたことで、何も新しい掟ではないはずです。しかし主イエスはあえて新しい掟といわれました。昨日、本当に私は他者を大切にしていたか?自分を振り返り反省するのです。そして改めて今日、新しい掟を守ろうと決意する必要があるのです。

神様 今日、互いに大切にし合う生活がおくれますように。アーメン

 


 

5月27日(水)

「戒めは灯(ともしび)、教えは光。懲らしめや諭しは命の道。」(箴言6章23節)

若い頃は戒めや教え、懲らしめや諭しといったものがウザイと感じるものです。しかし、それらを無視して生活し大人になると誰からも信頼されず、平気で他者を傷つける人になってしまいます。今、守るべき戒めや教えにしっかりと耳を傾けましょう。

神様 戒めや教えに耳を傾け、正しく生きることができますように。アーメン

 


 

5月26日(火)

「静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」(イザヤ書30章15節)

大国に攻められたイスラエル人は、逃げ延びて、他国の力を借りて、大国に抵抗しようと右往左往していました。そして神様への信頼をすっかり忘れていました。その様なイスラエルは「滅びる」と預言者イザヤは鋭く語りました。私たちも何を頼りに生きるかが問われています。

神様 混乱の時代、静かに神様への信頼をもって生きることができますように。アーメン

 


 

5月25日(月)

「ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い。」(コヘレトの言葉4章9節)

うつ病の要因の一つが「孤独・孤立感」です。小学6年生の娘も友達と遊べないことで、かなりまいっています。今まで以上に友達の存在が大切であることを感じています。互いの安全を確保しつつ、友達と笑い合える日が来ることを望みます。

神様 友達と笑い合い、助け合うことができますように。アーメン

 


 

5月22日(金)

「神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる。」(ヤコブの手紙4章6節)

新型コロナウイルス関連の研究論文が世界中で日々、発信されているようです。様々な分野の研究者がこの事態を乗り越えるべく研究を続けてくださっています。更新される情報を謙虚に受け止め、考え方や生き方を新しくしていく必要があります。

神様 高慢ではなく、謙遜に生きることができるように導いてください。アーメン

 


 

5月21日(木)

「塩で味付けられた快い言葉で語りなさい。」(コロサイの信徒への手紙4章6節前半)

ウイルス感染から命を守るため、マスク・手洗い・ソーシャルディスタンスが必要です。同時に私たちは感染恐怖でダメージを負っている心を守らねばなりません。心を守るために、否定的な言葉(悪口や糾弾)ではなく、やさしく励まし合う言葉を掛け合いましょう。

神様 人に対してやさしい言葉を掛けられるように導いてください。アーメン

 


 

5月20日(水)

「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」
(創世記1章31節)

PTAガーデニングクラブの方々が植えてくださった花が校内で美しく咲いています。残念なことにまだ生徒のみなさんはそれを目にすることができていません。人間社会で起こっている混乱をよそに、自然のいのちは美しくそこにあります。自然のいのちの中に私たち人間のいのちもあることを覚えたいと思います。

神様 豊かな自然の中で生かされていることを感謝します。アーメン

 


 

5月19日(火)

「あなたの慈しみは大きく、天に満ち あなたのまことは大きく、雲を覆います。」
(詩編108編5節)

コロナウイルスの苦難や悲しみが世界に影響を与え、憎しみと分断が叫ばれています。神様は私たち人類が裁きあい、殺し合うことを望んでいるのでしょうか?そうではないと思います。この現実の中にあって、神様の慈しみと真実の救いが世界中を覆っていることを信じて、希望を持って歩みたいと思います。

神様 あなたの慈しみとまことを、私たちに示してください。アーメン

 


5月18日(月)

「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。」(コリントの信徒への手紙1 12章26節)

ウイルス感染のリスクの中を生き抜くためには「自分さえよければいい」「今だけよければいい」という生き方をやめ、社会を支える多くの人々の働きなしには生きていけないことを自覚し、自らも他者のために最善を行って生きなければならないと思います。希望ある社会は一人一人の生き方にかかっています。

神様 他者のために最善を行うことができますように。支え合って生きることができますように。アーメン

 


 

5月15日(金)

「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28章20節後半)

昨日、中3は朝8:30から、中2は夕方16:00からのZoom体操に参加させてもらいました。画像を通して、元気に体を動かす生徒の皆さんの姿を見てとても嬉しかったです。元気をもらいました。離れていても「一緒にいる」「そばにいる」ことを感じることができました。これからも毎日、参加します!

神様 離れていても、お互いのことを思い合えるように導いてください。アーメン

 


 

5月14日(木)

「空の鳥をよく見なさい。」「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。」

(マタイによる福音書6章26節・28節)

野良猫を保護して、飼い主を見つける動物愛護団体があります。そこから猫をいただいて、我が家には猫が二匹います。はじめは猫を助けるつもりで飼い始めたのですが、今では猫の存在に家族が助けられています。猫の気ままでのんびりとした生活を見ていると、ひととき厳しい現実から解放され、心癒されます。動物や植物、様々な自然に私たちは支えられ、生かされていることを痛感しています。

神様 自然から多くの恵みをいただいています。感謝です。アーメン

 


 

5月13日(水)

「ますます励まし合おうではありませんか。」(ヘブライ人への手紙10章25節後半)

アメリカやフランスの都市では夕方の決められた時間に、多くの人が窓から外に向けて拍手をしたり歓声を上げたりしているようです。医療従事者への感謝を表すためです。自宅待機の中、町中に拍手と歓声が鳴り響き、とても感動的な情景がそこにあります。様々な人への感謝を表し、互いに励まし合っていきましょう。

神様 苦難の中、互いに励ましあって生きることができますように。アーメン

 


 

5月12日(火)

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

(マタイによる福音書18章20節)

主イエスが十字架につけられて死んだ時、弟子たちはバラバラに逃げ去り、絶望し、孤独の中にいました。しかし弟子たちは再び集まり、主イエスの事を語り始め、互いに励まし合い、一人一人が主イエスのように生き始めました。キリスト教の誕生です。 再び皆さんと集まれる日を待ち望んでいます。

神様 孤立している私たちを、再びつなぎ合わせてください。アーメン

 


 

5月11日(月)

「わが子よ、父の諭しに聞き従え。母の教えをおろそかにするな。」(箴言1章8節)

母の日にカーネーションをわたして、お母さんに「ありがとう」と伝えましたか?1907年アメリカの教会でアンナ・ジャービスさんが、亡き母への感謝を込めて白いカーネーションを飾り礼拝をしました。それが「母の日」の始まりです。母なしに私たちの存在は無いのです。そう考えると毎日が「母の日」です。お母さんに感謝を!

神様 母の健康をいつもお守りください。母への感謝を忘れずに生活できるように導いてください。アーメン

 


 

5月8日(金)

「わたしはあなたの戒めを愛し それを楽しみとします。」(詩編119編47節)

コロナウイルス感染の収束の兆しが表れてきたように思います。しかし油断は禁物です。コロナ後の世界というよりコロナと共に生きていく世界とイメージし、守るべきことは守り、いつも自分の身と他者の身の安全を考えて生活したいと思います。掟や戒めは人の命を守るためにあります。

神様 自分と他者を大切にするための掟・戒めを守って、生活することができますように。アーメン

 


 

5月7日(木)

「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。(コリントの信徒への手紙? 4章18節)

目にみえないウイルス感染の脅威にさらされています。私たちは見えるものばかりに気を取られて生活してきたように思います。今は目に見えない世界を意識せざるを得ない状況です。山中伸弥教授はいつも「私たちの見えているものは氷山の一角にすぎない」と語ります。見えていない世界を意識して、謙虚に生きる必要があると思います。

神様 見えないものに目を注ぎ、気づけていないものに気づける謙虚さを与えてください。アーメン

 


 

5月1日(金)

「実に、あなたがたこそ、わたしたちの誉れであり、喜びなのです。」

(テサロニケの信徒への手紙1 2章20節)

医師・看護師をはじめエッセンシャルワーカー(薬剤師・介護士・保育士・宅急便の配達員・スーパー店員・公共交通の運転手など)がコロナウイルスの脅威の中、懸命に働いてくださっています。そのお働きに感謝し、彼らの健康と安全を祈りたいと思います。

神様 他者を助けるために働く人々を祝福してください。アーメン

 


 

4月30日(木)

「真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネによる福音書8章32節)

ゴールデンウィークも外出禁止。感染拡大を防ぐためにしょうがないですが、不自由な生活が続きます。不自由の中にいて、自由な生き方のありがたみを感じています。このような時だからこそ、「自分にとって真理とは何なのか?」とか「自分にとって自由な生き方とは何か?」を考えてみてください。

神様 私たちに真理を求める心を与えてください。アーメン

 


 

4月28日(火)

「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」(マタイによる福音書7章12節)

スポーツ選手が自宅でできるトレーニングを動画配信しています。農産物生産者を支えるためにネット販売が行われ、多くの人が購入しています。困っている人を支援しようという活動があちこちで行われています。誰かのために自分のできる最善のことを行う。それは本当に素晴らしいことですね。

神様 今自分にできる最善のことを教えてください。そしてそれを行う力を与えてください。アーメン

 


 

4月27日(月)

「兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。」

(コリントの信徒への手紙? 13章11節)

NHK朝ドラ「エール」の主人公のモデルは古関裕而さんです。数多くの名曲を残された作曲家です。本校の校歌「希望はばたく」もその中の一曲です。孤立した生活が続く中、互いに「励まし合う」ことの大切さを感じています。また生徒の皆さんと一緒に大きな声で「希望はばたく」を歌いたいです。

神様 互いに励まし合いながら希望をもって生活できますように。アーメン

 


 

4月24日(金)

「あなたがたの中で、知恵があり分別があるのはだれか。その人は、知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。」 (ヤコブの手紙3章13節)

2000年前の聖書の時代、ユダヤ人社会で病気の人が「罪人」と呼ばれ、差別され排除されていました。主イエスは「罪人」と親しく交わり、彼らに慰めを与えていました。現在、コロナウイルスに感染した人に対して差別的な言葉が発せられています。それは正しい行為でしょうか?

神様 困難な時を生き抜く知恵と分別を与えてください。アーメン

 


 

4月23日(木)

「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。」(箴言4章23節)

あらゆる文化活動が自粛となり、人が集まって想いを共有する場がなくなっています。コンサート、芸術鑑賞、舞台演劇、講演会、地域のお祭り、宗教の礼拝などが、いかに人の心を支え、生きるために必要なものであるかということを痛感しています。

神様 私たちの心を支えてください。心を豊かにしてくれる文化活動が再開されますように。アーメン

 


 

4月22日(水)

「知恵を得ることは金にまさり 分別を得ることは銀よりも望ましい。」(箴言16章16節)

自宅待機の今、読書をしてみませんか。本校図書館の蔵書検索をして借りたい本があれば借りれます。本は私たちの心の世界を広げてくれます。読書によって様々な人の考え方や生き方を知ることが、みなさんの人生を導く道しるべになると思います。

神様 読書や様々な学びを通して、私たちに知恵や分別を与えてください。アーメン

 


 

4月21日(火)

「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。」(創世記1章3節)

天地創造物語。神様は希望あふれる素晴らしい世界を創造されたと語っています。この物語を語ったイスラエル民族は、バビロニアに国を滅ぼされ奴隷として生きていた「闇と絶望」の状況にありました。彼らはそのただ中で、この物語を語り生き抜いていったのです。

神様 闇と絶望の中、光と希望を信じて生きることができますように。アーメン

 


 

4月20日(月)

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。」(マタイによる福音書7章1節)

世界や日本の著名人が医療従事者に対する感謝の思いを動画で配信しています。感染の危険にさらされながら最前線で働かれている人々のご苦労を想像し、私たちの取るべき行動を考えましょう。人を裁く言葉ではなく、励まし合う言葉を掛け合いましょう。

神様 苦難の中、懸命に働く人々に慰めと平安を与えてください。アーメン

 


 

4月17日(金)

「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

(マタイによる福音書6章34節)

正直、人間はいつも思い悩んでいます。イエス様も無茶なことをいいますね・・・。でも、思い悩んだところでどうすることもできないこともあります。野の花や空の鳥が神様によって生かされているように、私たちも命を与えられていることに感謝し、神様にすべてをゆだねて生きていきたいと思います。

神様 思い悩んでしまう私たちを守り導いてください。アーメン

 


 

4月16日(木)

「主に望みをおく人は新たな力を得 鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」

(イザヤ書40章31節)

家の中だけに留まっていると、気が滅入りませんか?なるべく人が少ない場所で散歩やジョギング、自転車に乗って自然の風景を見に行きましょう。リフレッシュする時間も必要ですね。

神様 私たちの心と体の健康を支えてください。アーメン

 


 

4月15日(水)

「今 泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる。」(ルカによる福音書6章21節)

聖書を書いたイスラエル民族(ユダヤ人)の歴史は苦難の連続でした。彼らは差別や迫害の中、生き抜いてきた人々です。それゆえに苦難の中を生き抜く知恵が聖書に記されていて、それを読む人々に希望を与えてきたのです。サバイバルに必要な本が聖書です。

神様 どうか苦しむ私たちと共にいてください。アーメン

 


 

4月14日(火)

「めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。」(フィリピの信徒への手紙2章4節)

不要不急の外出を控え、家で過ごす毎日はなかなかつらいものがありますね。自分の事、家族の事だけでなく、友達の事や他国の人々の事、特に生活が追い詰められている人々のことを心に留めて、他者の幸福を祈ることができれば素敵だと思います。

神様 他者の幸福を祈ることができますように導いてください。アーメン

 


 

4月13日(月)

「わたしは復活であり、命である。」(ヨハネによる福音書11章25節)

昨日、私の通う名古屋中央教会ではイースター礼拝を行いませんでしたが、牧師がyoutubeを通してメッセージを伝えてくれました。絶望、闇、不安の中にあって、希望、光、平安を神様に祈りたいと思います。主イエスの復活は私たちを救うための神様の業であると信じて歩みたいと思います。

神様 日本社会を、世界の国々を、希望ある世界によみがえらせてください。アーメン

 


 

4月10日(金)

「あなたの父母を敬え。」(出エジプト記20章12節)

生徒のみなさん。保護者の方々も、みなさんのことを考え苦労されていることと思います。仕事のこと、家計のこと、食事のこと、日本や世界の情勢、様々な不安を抱えながら、生活を守るために頑張っています。どうか保護者の方々への感謝とねぎらいの気持ちを忘れずに過ごしてください。「いつもありがとう」という気持ちを伝えてください。

神様 どうか私たちの家族一人一人をいつもお守りください。アーメン

 


 

4月9日(木)

「主よ、あなたはわたしのともし火 主はわたしの闇を照らしてくださる。」(サムエル記下22章29節)

生徒のみなさん、日々の生活はいかがですか? 勉強、テレビ、YouTube、ゲームなど家にいて気楽でいいですか?毎日、自宅待機も疲れてきたのではと思います。安全を考えつつ体も動かしてください。苦しい時こそ、気持ちを上げて前向きに過ごせたらいいですね。

神様 今日も命が与えられたことに感謝をして、笑顔で生活できますように。アーメン

 


 

4月8日(水)

「主がわたしの右におられるので、わたしは決して動揺しない。」(使徒言行録2章25節)

今年度の主題聖句は生徒のみなさんに選んでもらったものです。神様がすぐそばにいるから、どんなに不安なことがあっても心配せず、しっかりと歩いていけるという言葉です。世界中、ウイルス感染の不安の中にあります。しかしこの時に、神様がみなさんを守ってくださることをわたしは信じています。

神様 コロナウイルスの影響によって苦しんでいる方々の上に、慰めと励ましを与えてください。アーメン