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取得日:2019年04月16日[更新]

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卒業生の活躍|青山学院横浜英和中学高等学校

大原 佳菜子 / 1999年卒業

卒業後の進路:

1999:横浜英和女学院高校卒業(高校在学中アメリカの高校に1年交換留学)
2003:上智大学 比較文化学部卒業・在学中英国バーミンガム大学に交換留学
2003〜2004:バングラデシュとインドのNGOでボランティア活動
2005:JICA本部 東南アジア・管理チーム勤務
2006:ブリッジエーシアジャパン(NGO) 東京とミャンマーにて水事業インターン
2006〜2007:インターナショナルアシスタンス(株)勤務 海外旅行保険メディカルアシスタント担当 2007〜2008:オランダ大学院修士課程 Institute of Social Studies, Children and Youth Studies
2009〜2011:国連児童基金 (UNICEF) ナミビア共和国事務所、コンサルタント エイズ教育担当
2011〜2013:外務省JPO制度に合格・UNICEF南スーダン事務所、開発コミュニケーション担当
2013〜2014:UINCEF南スーダン正規職員 教育担当

原点・パンと牛乳の日:
大学在学中国際協力に興味を持ち始め、日本やフランス、タイなどで短期のボランティアを行いました。そして大学卒業後は、1年間バングラデシュとインドのNGOでボランティア活動をしました。その原点は、横浜英和女学院小学校(当時成美学園)の時に行われていた、「パンと牛乳の日」にあります。月に一度、学校給食が、文字通りパンと牛乳だけだったのです。その理由のひとつは、おなかをすかせることにより、貧しい国々で苦しむこどもたちのことを考える、ということ。もう一つは、その日の給食代を、バングラデシュなどの里親支援の募金に充てる、というものです。その子どもたちからの写真や手紙が、小学校の掲示板に張ってあったのをよく覚えています。幼いながらこの活動を通し、キリスト教の教えにある、奉仕をすることの大切さ、感謝の気持ち、また世界には様々な状況に生きる子供たちがいるということを、身を持って学びました。そしてこの教えは、その後の私の人生を大きく左右するものとなりました。
「心を清め、人に仕えよ」。 これは、小学校の玄関に掲げてあった言葉です。この言葉が、いつしか自分の心にも刻まれていたのだと今になって思います。聖書の時間には、原爆や戦争についても学びました。長崎で被爆した祖母を持つ私にとって原爆は身近なトピックではありましたが、横浜英和ではキリスト教を通し、平和や他者への慈しみについて考える機会が多かったように感じます。
英語教育:

私は小学校から高校まで横浜英和女学院で学びました。当時、英語教育を行っていた小学校はまだ1少なかったことと思います。アメリカ人の先生などと一緒に歌を歌ったり、詩を覚えたり。英語が話せる両親の応援もあり、その頃から英語は大好きでした。中学で本格的に英語を学び始めてからはもっと楽しくなり、高校ではアメリカへの交換留学を決めました。先生方の理解や応援のお陰で実り多き留学ができ、その時培った語学力は、後に海外で仕事をする上で必要不可欠なものとなりました。

国際協力のキャリア:
バングラデシュとインドでは、植林から障害者支援まで多岐に渡る活動に従事しました。その後JICAやNGO、民間企業、東京やミャンマーでの仕事を経た後、大学院で開発におけるこどもと若者の課題について研究をするため、オランダに渡りました。この大学院は、生徒1の8割がアジア・アフリカの途上国出身の学生で、それぞれの国の課題について議論をすることにより、開発学理論と実践について同時に学ぶことができ、大変貴重な経験となりました。修士号を取得してすぐにナミビア共和国へ赴き、国連で働くという長年の夢が叶い、国連児童基金(UNICEF)で2年半、エイズ教育とコミュニケーション関連のプロジェクトに携わりました。その後、世界でいちばん新しい国、南スーダン共和国で働く機会に恵まれました。北部スーダンとの長期に渡る内戦を経たこの国は、貧しいながら、独立直後の希望に満ち溢れていました。そこでは開発コミュニケーションを担当し、保健衛生の基礎知識(手を洗うこと、ポリオやマラリアの知識など)をコミュニティに広める活動を行いました。また、ユニセフ親善大使の黒柳徹子さんが南スーダンを訪れた際一緒にお仕事をさせて頂く機会にも恵まれ、日本をはじめ、世界の様々な方々からの支援があってこそ、こどもや女性の生活向上のための活動ができていると改めて感じました。
その後教育部署に移り、南スーダン政府の教育関連統計能力向上の事業を主に担当しました。ところが独立から2年半、政治的な問題が悪化し、希望に満ちたはずの国が突如内戦状態へ陥ってしまったのです。首都で私が住んでいた場所も、一時戦闘地帯となりました。緊急退避を行い、暫くは隣国ケニヤから遠隔で業務を続けましたが、多くのこども達の未来を奪う結果となったこの事態に、とても悔しい思いをしました。沢山の学校が閉鎖し、児童兵まで増えてしまいました。そのような状況の中、落ち着きを戻した地域や避難民キャンプで学校を再開できるよう、仮設テントを設立し、教師やPTAとの話し合いを進めました。内乱が続く中、辛い状況にも直面しましたし、幾度かマラリアにも罹りましたが、幼いころから横浜英和で培った精神力と慈しみの心を忘れずに、無事業務を遂行することができました。
現在私は、人道支援の国際機関で働く婚約者と共にコンゴ民主共和国で生活をしています。そのために仕事は一端辞めましたが、今はフランス語を習得しつつ孤児院でボランティアなどをしながら、また国際協力の仕事に戻る準備をしています。これからも原点を忘れず、英和で学んだ2多くのことを胸に、生きていきたいと思っています。
英和生へのメッセージ:

きっと今、楽しいことがある反面、辛いこともあると思います。宿題、テストに、受験。容赦ない部活の練習。先輩が厳しい、同級生のあの子と喧嘩した・・。学校なんて、行きたくない、と思う時もあるかもしれません。でも、今学校で学んだことは、色々な形で後の人生に影響を及ぼします。学校に行きたくても行けない子供たちが、世界には沢山います。平和な日本で、安全な環境で、経験豊富な先生達や、家族や友人に囲まれ、知識を深められることは、とても有難いことです。様々な教えを吸収し、自分なりに考え、感じ、自分の興味や創造性を大切にして、日々を過ごして下さい。