某塾から出ている合格体験記をみると、附設やラサールに受かりながらも筑紫丘や修猷館に行く人は、結構います。ネックは、通学距離が一つの要因かなと思います。しかし、久留米付近に住居がある人は、大抵が附設に行ってしまいます。そういう現状があるため、東大や京大などが少ないと思われます。
江戸時代からの名門中名門 明善。 王道を激走せよ!頑張れ!
これ釣り質問っぽいですね。。。
最近、複数の高校のスレで筑紫丘の優位性(ちょっとした表現でも)を語る輩が出没しているので。そもそも「壊滅」とかいう言葉を使ってる時点でかなり失礼な質問ですけど。
伝統の進学校明善が東大+京大にわずか6名しか出ないでは壊滅的かもしれませんね。頑張るしかありません。
あの頃の明善が懐かしい。
こんな明善にどうしてなったのですか?昔の誇り高き明善に戻ってください!
東大+京大6名水準を超えるためには、40年以上前にさかのぼらないといけないのでは、30年ほど前は、今より悪く、九大も現役30名ほど記憶しています。東大にいたっては、オリンピック周期で、過年度生が1名やっと合格する状態でした。
今の高校生の親世代の卒業生です。1980年代は九大40人程度で東大、京大は数年に1人合格するかどうかでした。今より鷹揚な感じで進学、進学とそんなに尻を叩かれることもなく好きでした。当時は家政科(2クラスで女子ばかり)の子と付き合っていて楽しく青春しました。家政科を廃止して理数科と総文にしてさらにその2つのクラスは広く筑後一円から受けるようにしました。当時より進学校としての成果は出ているのでしょうが、藩校らしい気風やいい意味いいかげんだったところが消え、ちょっと寂しく感じます。
学歴偏重のコメントは寂しい限りですね。
198?年の卒業生ですが、同期で九州大学より優秀な大学に行ったもののコミュニケーション能力が乏しく寂しい人生を送っているヤツを知っています。逆に、しがない私立大を出ていても素晴らしい人柄で立派な会社を経営し、部下を育てて道を与え、世のために活躍している人も知っています。
かくいう私も会社を経営していますが、大切なのは社会において「存在価値のある人」かどうかであって、学歴や知識はその要素の一つでしかないと思います。
高学歴でも自分の学歴や資格にしがみついているだけで社会と協調できなくて何も建設できないどうしようもないヤツがいますが、そういうヤツを観察していると親の育て方が大きく影響したんだなぁって思いますね。
知識があるだけで頭の悪いヤツを育てる親のコメントってこういうんだろうなって思いました。
卒業生のFBSの古賀アナウンサーが
自分の在校時、(昭和50年代前半?)明善の歴史中でも進学実績に於いてはボトムの時代だったようだ、とおっしゃってました。
部活にも力を入れたい生徒も附設を蹴って入学して来てたようですよ。