40年以上前の卒業生です。この問題は難しいですが、ご参考になればと思います。
1入学時の成績について
中学時代の成績は、あてになりません)。私も中学時代北野高校にいける成績ではありましたが、豊高の他の生徒もよくできますので、高1の
数学の成績は平均点程度にまで落ちました(ちなみに中学時代の
数学の成績は10<相対評価で上位3%以内>)。入学後は、
英語の辞書引きに毎日2時間以上かかり、他科目の勉強をほとんどしなかったことが主因です。
2通塾・予備校について
高校生になると、中学迄とは異なり、勉強するか否かは本人次第です。塾にいけば必ず成績が伸びるとは限りません。もし塾に行くとすれば、競い合うライバルがいるところで、科目数も絞るのがいいかと思います。
ちなみに私の子供は、関東の高校に通学、医学部に行きたいと言っていました。塾には同じ目的の競争相手がおらず、のんびりしてしまった上に、科目取りすぎて全てをこなせず、ひどい成績でした。親としていろいろ言いましたが、生活態度を含めて変わらず(受験生なのに土日10時まで寝ている、塾の学習範囲をまわさない等)、医者になりたいと言うばかりで、言うことを聞きませんでした。もう不合格という結果をつきつけないといけないと思っていました。当然のことながら、センター試験は当然できず、浪人。結果をみて初めて本人に自覚が生まれました。やる気あるのとか、いつまでに何をやるのとか、春休みに英数理の勉強スケジュール(時間と課題)等をつめて(当然仕事から帰宅した後や土日に、
英単語のテストもしたりしてトレースもしました。)、また、予備校の医進クラスに合格することを医学部受験の条件にしました。加えて、学校の同級生の合格体験記(私立ですのでこういったものの発行があります)を取り寄せ、本人の甘さを自覚させました。本人はなんとか(自分の意志で医者になるからと)頑張って、地方ではありますが、国立大学医学部に1浪で合格しました。やっぱり自分の受験の時も含めて、本人の自覚次第と思います。やりたいことがないというのであれば、競い合うライバルがいるところで、科目数も絞って塾や予備校に通って、「頑張らないといけないと」いう自覚を持たせるというのが、やむを得ない選択かと思います。
上記に詳細補足しておきます。高校の後輩のお役に立てればと思っています。
【1.娘の事例】
1.娘には、
英語(たまに
数学=僕は文系でしたので、途中でギブアップ)を教えていましたので、本人に理解力はあることはわかっていました。
現役時の結果を踏まえて、娘の高校の担任からは「浪人しても医学部は無理。合格している東京理科大学に進学してはどうか。」という厳しい言葉をいただいていました。確かに現役の時の校内順位は約160名中40〜50番程度。高校からの国公立大学合格者数は10名程度(うち医学部は5名程度)でした。僕が教員をしていた場合でも、理解力があるか否かがわかっていなければ、同じ発言をしていたと思います。ポイントとなるのは、本人の意欲と考えました。
2.そこで、娘に言って「医学部に絶対行く」というやる気があるかどうかを確かめ(春休み毎日12時間以上勉強できるか、春休み中に英数理高1〜3年の試験範囲を1周※させ(できなかった問題は翌日復習、毎日僕が帰宅した後に進捗状況を報告させる)、特に
英単語については毎日課題を出してテストをして出来なかった問題は翌日、それでもできなかった問題は翌々日もテスト、以下何回も繰り返す。)、駿台又は河合塾の医進クラスに合格することを医学部受験の条件としていました。先輩からのアドバイス、通学の便、高校の同級生も入学する(ライバルも大切です)という点も考慮し、本人が河合塾を選択しました。
※教材については、娘とともに本屋に行って、複数の教材をざっと比較して、程よいものを相談して選びました。教材については、本人の学力
レベルにより異なるものです。また、当該スケジュールは過酷でしたので、8割方達成できればいいだろう、と考えていましたし、実際8割程度できた感じでした。予定通り出来ないからといって、子供を責めないということも肝心です。自信を失いやる気をなくすと元も子もないので。
3.河合塾医進クラスには、有名私立進学校の卒業生複数もいて、休み時間中のたわいない話も娘からちらっと聞いていました。予備校通学について楽しそうに話していましたが、その内容から判断して、「彼らには近づくな。」と強く言っていました(朱に交われば赤くなる。)。案の定、彼らは途中から授業に出なくなり、進路もわかりません。近づかずに正解でした。また、予備校にはいい先生方がいて、(厳しかったけど)非常に良かったと言っていました。(予備校では、いわゆるいい先生から1医進特待→2医進→3旧帝大→4有名私立・国立クラス→5通常クラスへと割り振られます。途中で試験があり、娘は生物で3のクラスの成績と言われましたが、娘が頑張って自発的にお願いもして、2に入れてもらえることになりました。)
最終的には、センター試験の成績は、
数学9割5分程度、
英語読解満点、リスニング1問間違い、生物9割超、化学約8割5分にまでアップしました(現役時はいずれも7割5分に至らず、酷かったです。)。
4.娘に口酸っぱく言っていたのは、「わかることと出来ることとは違う。」ということです。また、昨年のWBCでの大谷選手の激励の言葉(あこがれるのをやめましょう。<ライバルがよくできても、それで自分が劣後すると思うな、対等だということです。>)も参考になるアドバイスです。
娘は大学に入学して暫く、塾と
家庭教師のバイトをしていました。僕に教えられて一番役立ったのは、わかることとできることとは違うということ、と言っていました。できるようになるまで取り組めた生徒達は無事に目的を達成したと言っていました。
【2.自分の事例:40年以上前ですが、本質は変わらないと思います】
1.中学時代の成績と高校の成績とは別物です。高校でさぼると、いわゆる深海魚(成績が底辺をさまよう。また、本人が恥ずかしいのか、卒業後の進路やその後の住居等が不明となる。)になってしまいます。
2.志望大学・学部により、力を入れるべき科目は変わります。僕の場合は国公立で通学可能な大学に行く様にと、親から強く言われていましたので、英数国理社全てやらないといけない状況でした。高1の
数学の成績は酷く豊高平均
レベルでした(但し、
英語は5段階で5を3年間確保。)ので、高3からは
数学に力を入れました。心中できる参考書<
数学1の鉄則、
数学2Bの鉄則 寺田文行著>を自分で選択し、徹底的にできる様になるまで回しました(最終6回やったことになります)。結果、共通一次試験では
数学は満点(親に満点とってくると宣言していました。筆記摸試でも、受験直前の
偏差値は70以上でした。尚、2学期中間試験でも満点をとれています。出来るまでやればその
レベルに達します。)でしたが、出来ると思っていた
英語の取り組みが甘くなり、8割強にとどまりました。油断は禁物です。また、一時理系進学も考えていたこともあり、理科は物理・化学で共通一次を受けましたが、物理が壊滅(7割弱。ちなみに平均点は5割程度と極めて難しい問題が出題されました。)してしまいました。文系選択者は通常生物・地学を選択します。当時、この2科目では平均点でも7割以上あり、同時期に受験した方々は悪くても8割、出来た方は満点を取っていました。選択科目で、余り選択されない科目をとるのはリスキーだというのが、教訓です(逆に、突出した得点が取れる可能性もありますが。。。。。)
娘の場合も、物理ではなく生物を選択しました(勿論化学も選択しています)ので、国公立医学部での選択肢が狭まって、受験校選定が難しかったです。入門段階の物理を娘に教えたことがありますが、正直センスがないと思いましたので、やむなく生物選択でいきました。大学では生物の方が役立つと言っていましたので、結果的には生物選択が誤っていたとは思いませんが。。。。。
【3.戦略】
戦略とは最終目的を達成するための道すじをつけることで、正解は1つではありません。熟慮して、娘さんと相談して、戦略を決めて、粛々と実行(わかるという
レベルではなく、出来るレベルにする)だけです。塾・予備校に行くのか、科目選択をどうするのか、受験校・学部選択全て戦略に基づかないといけないと思います。戦略を間違えると致命傷になる(深海魚になる等)可能性があります。ちなみに、僕の同級生で阪大に進学した方の娘は、阪大医学部に現役で入学・卒業していますが、同窓会で聞いたところ、四天王寺高校(多分中学から)に進学させた(北野では国公立医学部に現役で合格させるには予備高が必須だが、四天王寺では学校課題をきちんとしていけば大丈夫。)と言っていました。こういったレールに乗せてしまうのも戦略の1つです。情報入手も大切ですし、子供にも向き不向きもあると思いますので、慎重かつ大胆にすることが肝要です。
【4.大学受験にあたって=親からの励ましの言葉も大切です】
娘はセンター試験の結果が医学部志望者の中では決して良くなく(特に
国語は平均点を上回っていたものの、6割丁度と余りにも酷い出来で、全体で8割6分程度の出来)、志望校の志望学部の合格可能性が5割強の
レベルでした。本人は弱気になりそうでしたが、親として一生懸命励ましました。僕は現役ではありましたが、上述の様に共通一次で誤った選択をして、予定した得点(8割5分)をはるかに下回る水準(8割強)にとどまりました。志望校(阪大)合格可能性が4割台と出て、父からは神戸にすべきと言われました。それでも
数学に強くなっていましたし、学校の定期試験・摸試の成績も十分阪大合格可能な水準でしたので、母は僕の意志を尊重してくれましたし、担任からも勧められ、強気でいき、合格することが出来ました。当時の資料を娘に見せて「パパの成績でも自信をもってトライしている。合格可能性がパパより上なのに、なんで躊躇しているの?英数できる様になったじゃない。今諦めると医者になれない、それでもいいの?頑張れ!後悔したくないだろ?」と日々言っていました。結果、娘は頑張って合格しました。入学後に成績が返ってきましたが、センター試験、2次試験ともほぼ合格者平均点でした。
(正直、浪人の場合、もう少し余裕をもって合格して欲しいというのが本音ですが。。。)
【注記】
自分の時の成績、娘の成績等の資料を残していましたので、それを参考に具体的に記載しました。なお、
数学の鉄則(寺田文行著)はいい本でしたし、今でも通用すると思います。但し、今は本屋の棚には並んでいません(刷られていません)。
長くなりましたが、お役に立てればと思います。親子で、頑張って下さい。親の役目も重要です。
更に追加すると、本格的に勉強を始めてから成績に現れるまでにはタイムラグがあります。娘・自分の経験からみてだいたい半年です。成績に現れないからと諦めれば、ゲームオーバーになってしまいます。成績に現れるまで我慢できるか否かがポイントになります。