5年ほど前の卒業生ですが、課題は年々増加傾向にあります。
先輩の代では無かった課題が突然追加されたり、例年では2年生で出される予定の課題が1年生から開始になったり、色々ありました。
特に夏休みの課題の分量は半端なく、私は頭は良くないですが性格は真面目なので、毎日頑張って課題に取り組みましたが、全て終わったのは夏休み最終日の深夜でした。
私は部活動は文化部所属だったため何とか終わりましたが、運動部に所属している人は物理的に不可能な量を課されていると感じました。
少なくとも毎日少しずつやれば終わる、というような分量では無かったです。
特に
英語や古文の課題で理不尽を感じることが多かったです。
習っていない文法が大量にあるのに、「まずは訳してこい、話はそれからだ」というノリで、「自学自習」という言葉を教員の都合の良いように使われていると感じました。
大学受験にはほぼ使わない百人一首丸暗記課題なんかもあります。
数学や化学なども量は多いですが、習った範囲からしか課題は出ないので、理不尽を感じることは少なかったです。
学年4位で国公立大学の医学部に推薦合格した友達がいたのですが、その友達でも期限までに課題が終わらずに答えを写して提出していました。
要領が良い人は答えを写して形だけでも課題を完成させて、あとはテストに向けてひたすら詰め込むのが賢いやり方なのかと衝撃を受けました。
もう一度高校を選び直せるなら彦根東は選ばないですね。
理不尽に耐える精神力だけは付きます。
1年の夏あたりから「学校やめたい」と言っている友達が少しずつ増え始めていましたし、入学したいなら覚悟が必要だと思います。
回答者様のご意見、一意見として、具体的で丁寧なご回答をいただき、ありがとうございました。
卒業生である貴方様がおっしゃるように、課題が多いのは強ち噂ではないと思いました。一方で、物理的に不可能だとおっしゃる運動部も成り立っているので、上手く取り組んでいる生徒もいる様子ですね。
具体論において、「
英語や古典、まずは訳してこい云々」とは、理解できないところを拾い上げて(予習)、授業に臨むことを意図しているのかもしれません。その点、教員と生徒の意思疎通に問題があるのかもしれませんね。また、百人一首暗唱は、大学受験に関係なくとも、意義ある教養です。ちなみに、子は既に百人一首は教養として概ね覚えており、少なくともその点だけは気楽かもしれません。
子は自分で学習を進めていく(自学自習する)性分で、東高は難なく合格できる学力水準です。膳所に通うには遠く、時間的負担がかからない東高普通科の方が充実した学校生活を送れそうだというのが志望理由だと言っています。SSやGSコースも、とくに志望しないとのこと。そのため現状、東高普通科が最良の選択と考えています。
要は、なぜこのような質問をしたかというと、子には高校進学後も、志や進路以前に、幅広く深い教養が身につくよう、自分の時間を作らせたいと願うからです。また、本人もそれを望んでいます。
実際、東高に通うことになった場合、課題に負担を感じるならば、他の回答欄にも見られるように、全て愚直にこなすのではなく、適切に自ら取捨選択して取り組むようになることは自然な成り行きですし、それを実践している生徒もいることも伝わってきました。自分で時間を確保できそうな気がしてきました。
人生、自分の時間を捻出する方法や、理不尽に耐える精神力も、早かれ遅かれ養わねばなりません。高校時代がその良い機会ともなりえます。また、こういったことを語り合える、相談できるいい仲間も出来そうですね。
おかげさまで、大変参考となりました。このサイトと回答者様に感謝いたします。ありがとうございました。