翠嵐スレに翠嵐落ちた生徒の高校生活を質問しても答えられないですよ。
質問するスレを間違ってやいませんか?
受験で倍率2倍なんてまだまだチョロいでしょう。
東京大学よりも倍率はだいぶ低い。
将来的倍率2倍未満の大学しか受験しないのですか?
この時期にこの投稿は悪意がありますね。
この質問の様な受験生を惑わす情報が溢れるこの時期に、
信念を曲げずに翠嵐受験を完遂するには人並外れた強い精神力が必要になります。
この障壁が生徒の質をより高めていくのでしょう。
翠嵐生である事は、高い学力と共に人並外れた強い精神力を持っている事の証になる訳です。
翠嵐生が大学受験に素晴らしい実績を残せている理由の一つは、
この強い精神力があるからなのだと思います。
翠嵐の実績が伸びる訳です。
倍率以上に価値があると判断すれば翠嵐受験をするべきです。
しかし、無謀な受験はお勧めできないのは質問者の言う通りかもしれません。
入試の日だけ普段より力を発揮できるなんて事は期待しない方が良いでしょう。
普段からの積み重ねがあれば、自信を持って受験してください。
模試のデータを緻密に分析する事が大切です。
滑り止めの私立高校が
大きな口開けて待ってますよ〜。
ちなみにもう12月1日ですが、まだ入試までには2ヶ月半あります。
2ヶ月半もあれば学力をだいぶ伸ばす事が可能です。
今は学力的に自信が無い受験生も、今はまだ諦める時期ではありません。
これからが一番伸びるはずです。
あと今は学力的に余裕がある人も気を抜いたらすぐに追い抜かれます。
最後まで諦めずに努力した受験生が勝ちます。
まだ十分時間はありますよ。
こちらよりランクを落とすとしたら
どこの高校が良いでしょうか?
校風が近いのは柏陽でしょう。
ギリギリまで頑張って
最後の
模試結果が芳しくなかったら
柏陽高校という選択も良いですね。
落ちて滑り止めの高校に行くと副作用のコンプレックスに悩まされます。
模試は同じ
模試でも回によって難易度が異なる場合があるので気をつけてください。
難しい方に振れた場合は点数が低くなってもあまり気にする必要はありません。
その場合は
偏差値を頼りにしてください。
厄介なのは簡単な方に振れた場合です。
この場合、普段見慣れない顔が上位に食い込んできますから、
得点も
偏差値も両方あてにならない場合があります。
よって
模試の難易度を常にチェックする事をお勧めします。
難易度が低い回は、その
模試は参考程度に考えた方が良いでしょう。
以上の理由から、必ずしも最後の
模試が絶対では無い、と言うことになります。
質問者さんは初めの質問で、
「ここを落ちた方達はどの様な高校生活を送っていらっしやるのでしょうか?」
と質問していたはずなのに、
話が進むと、
内緒さん@質問した人[2022/12/01]
落ちて滑り止めの高校に行くと副作用のコンプレックスに悩まされます。
とあたかも体験したかの様にコンプレックスについて述べています。
質問したはずの答えを自らお持ちの様です。
それならば質問する必要は無かったのではないでしょうか。
何だか怪しい質問者ですね。
信用なりません。
落ちてコンプレックスに悩まされるなんて
あるのですかね?
コンプレックスをバネにして頑張なんて
気安く言えませんね。
バネに出来るか出来ないかは本人の頭の切り替え次第です。
皆がコンプレックスに悩まされてマイナスに働くなんて大嘘です。
切り替えが下手な場合はあるかもしれませんね。
逆境をバネに、なんてよくある事です。
その結果大成功し、超一流になった人なんて世の中には沢山いますよ。
決めつけすぎです。
一般論としてあるんじゃないですかね?
滑り止め高校に行くと
最初の会話がどこの高校落ちて来たの?
が挨拶代わりになるらしいですよ。
そこから頑張る子は沢山います。
挨拶でどこどこを落ちたとひとしきり話したら、
じゃあお互いにこれから頑張ろう!と話を結べば良いだけです。
プラス思考は大切ですよ。
マイナス思考では人生損をしますよ。
あまりお勧めできません。
人間は、出来ると思わないとなかなか出来ないものです。
≫その結果大成功し、超一流になった人なんて世の中には沢山いますよ。
条件や要素を逆転させても、同じことが成立しますね。
例えば
その結果身を持ち崩し、その後の人生が暗転した
なんて人世の中には沢山いますよ。
とかね。
そりゃそうです。
それが人生です。
リスクを恐れるがあまりチャンスを逃している人も沢山います。
向かい合った局面をどの様に捉え、どの様に打開するのかも能力です。
マイナスの面ばかり見ているとストライクボールを見逃し三振です。
そりゃそうです。
それが人生です。
リスクを回避して次のチャンスをものにする人も沢山います。
向かい合った局面をどの様に捉え、どの様に打開するのかも能力です。
人生山あり谷ありです。駄目なら一歩踏み止まって
着実に歩んでいく事が肝要です。
人生、博打ではないのですから。
野球に例えるならば
良く球を見ないでフルスイングばかりしているとかなぶり三振でバッターアウトです。
とか。
何度も申し上げますが、どちらも正解です。
物事は同じ物でも見る角度によって見え方が変わるものです。
複数の視点を持てる貴方ならばわかるはずです。
プラス思考とマイナス思考のどちらが得か?とも関係があります。
マイナス思考のおかげで事故を回避できた人も当然いるでしょう。
しかし、プラス思考の方が人生は楽しそうだし得も多そうですね。
≫何度も申し上げますが、どちらも正解です。
と、いう思考に誘導できたところでこちらをを再度提起します。
いまいちど良く考えてみましょう。
倍率が高く確実に多くの受験生が残念な結果になるのに
模試等の結果も顧みずワンチャンあると思ってしまうのは
脳の正常性バイアスが働いてしまっているからなのでしょうか?「自分は大丈夫」と思い込む、脳の危険なメカニズムですね。
潜在意識化にある思考を顕在意識化する事は
極めて重要です。
プラス思考ならば翠嵐受験。
マイナス思考ならば翠嵐受験回避。
自信がある受験生は翠嵐受験。
自信が無い受験生は翠嵐受験回避。
仮に、合格可能性が50%だとして翠嵐の倍率が2倍だとしても、
その倍率以上の価値を翠嵐に感じるならば翠嵐受験。
まだ現時点で翠嵐受験には力が少し足りなくても、あと残り2ヶ月半で人並み以上に努力する事で合格圏に入れると信じていれば翠嵐受験。
上記の様に適切に努力をしてそれなりの結果をだしていれば、
プラス思考の場合は翠嵐受験となりますね。
誘導したい様ですが、強い信念を誘導して曲げさせるのは難しいですよ。
マイナス思考の貴方の様な存在は心の中に棲む小さな悪魔ですね。
その悪魔は誰の心の中に棲んでいます。
ネガティブ思考の小さな悪魔です。
「≫何度も申し上げますが、どちらも正解です。と、いう思考に誘導できたところ」
まんまと誘導できたと思われたのかもしれませんが、そうではありません。
上の方でも記載しましたが、
何度も申し上げますが、どちらも正解です。
物事は同じ物でも見る角度によって見え方が変わるものです。
要はプラス思考かマイナス思考かの差で導かれる結論は異なるという単純な事です。
しかし、プラス思考の方が人生は楽しそうだし得も多そうだ、と私は考える様に努力しています。
負けそうになる時もそれはあります。
自らを追い込む事になりますからね。
しかしその努力の先に見えてくるであろう明るい未来を信じて日々頑張っています。
それが人生です。
この質問スレ立てた方に是非、以下のことについて
ご見解伺いたいのぉ
『特別な制度(笑)を利用して某難関国立附属高校に入学させた、とあるやんごとなきご夫婦(笑)の思考回路?は
質問者さんが述べておられるところの
『自分は大丈夫という、脳の危険なメカニズム』
に該当するのでしょうか?』
お立てになった質問は、野球でいえば危険球と
隣り合わせ(笑)的、しかし翠嵐志望者の親なら
避けて通れない鋭い、エグい質問と感じた次第です。
これ、残念だった人に対する質問であって合格者に答えてもらう翠嵐スレで聞くのがそもそも筋違い。
そうですね、質問者さんは学附スレで同じ質問をした方が生の声を聞けますね。
あちらのスレはだいぶ過疎っているようですから、
是非そうしたら如何でしょうか?
ここのスレでは貴方の質問に対する適切な回答は得られないと思いますよ。
知らないんですから、実際に。
まあどうせ単なる翠嵐受験生に対する嫌がらせをしたいのでしょうから、質問者は翠嵐スレに居座りたいのでしょう。
貴方の目的は達成できたのでしょうか?
翠嵐受験生は貴方に騙される程、知能は低くありませんから難しいでしょうね。
質問者さんはこのスレの流れを読み、
素直に従い、学附スレに同じ質問を投稿した様です。
このスレに影響は受けたみたいですよ。
それが良い事かは別問題ですが。
そうでしたか。
学附の体面いや國體?護持派と。
たんなる愉快犯(笑)、好事家。にしか見えないのですが
ワシもか(笑)
こういう読解力のなさで後期でも国立大学入学は無理だったと思われ
正常性バイアスなんですかね?
1予期しない異常事態の時
2「ありえない」という先入観やバイアスが働く
3その結果、物事を正常の範囲だと認識してしまう
つまり、異常事態を正常だと思う方向の心理バイアスと理解しました。
試験は異常事態では無い訳ですし、正常性バイアスの定義とは違うのでは無いですか?「自分はできる」と信じチャレンジした人/する人をバカにするのは人として終わってるかもですね。
「自分はできる」と信じチャレンジした人/する人をバカにするのは人として終わってるかもですね。
完全同意です。
総括
物事には短期的に結論を出さなくてはならない局面もありますし、
中期、長期的な視野に立って事を成し遂げる考えも必要です。
中期、長期的な観点から一時立ち止まる事は
けしてマイナス思考ではないのです。
受験はまさに長期的な視野に立って考えなくてはならない人生においての挑戦だと思います。
物事の、部分的な有利・不利などで思考するのではなく、全体を見渡す広い視野をもつ人物になりましょう。
頑張んばれ、頑張んばれというのは誰にでも言えます。「木を見て森を見ず」にならないでください。
一石を投じてみました。
質問者より、
質問者の問いかけた核心は以下の2つでしょ。
(1)
(いわゆる「翠嵐特攻」に至ることに対し)
脳の正常性バイアスが働いてしまっているからなのでしょうか?
(2)
ここを落ちた方達はどの様な
高校生活を送っていらっしやるのでしょうか?
直上の 質問者より、
で終わっている文
これ本当に質問者の『総括」なのか??
自ら問いかけた上記2つの項目について
総括している??(笑)
以上より
こんな「くだらない』(笑)質問(とくに(2)
いらっしやるのやがウケる、どうでもいいか、、)
をし、自分の質問内容を踏まえたとは到底思えない
総括をする人といえば
一人しかいないですな(笑)
まあ
「一石を投じてみました。質問者より、」
にも返答してあげましょうよ。
高校受験と進学先選び、というライフイベントを木として捉えた場合に、何を森として捉えるのかが鍵となりそうですね。
1.人生全体を森と捉える場合。この場合の人生とは結婚から子育て、仕事、その他、全てを含みます。
2.将来どの様な職業に就き、何のスキルによって世の中に貢献し続けていきたいのかを森と捉える場合。
3.大学卒(最終学歴)での就職先決定までを森と捉える場合。
4.どこの大学をどの様な成績で卒業するかまでを森と捉える場合。
5.高校受験というイベント自体を森と捉える場合。
色々な森を設定してみましだか、
どの森の捉え方をしても、
木に当たる今回の高校受験と進学先選びは、
ライフイベントとして大変重要なものに位置します。
高校受験と進学先選びは、自分の能力を最大限発揮するに値すると考えます。
そしてその結果をライブスケジュールに照らし合わせ、
修正・改定をしながら納得できる人生を目指すのが良いと思います。
常に高い目標に向かって最大限努力する事は、
人生で後悔しない為の最善策となります
「総括
一石を投じてみました。
質問者より、」
質問者である貴方に質問です。
私は横浜翠嵐高校は大変素晴らしい学校だと思うのですが、
質問者である貴方は横浜翠嵐高校にはどの様な印象をお持ちですか?
「一石を投じてみました。
質問者より、」
一石を投じてみた作文のタイトルが「総括」であった。
普通は一石を投じる内容の事を「総括」とは言わない。
一石を投じる必要があると判断したからには、
投じた者の考え方とは異なる考えがそこにはあったはずだからである。
そこの場にいきなり異なる意見を「総括」として一石を投じるのは、
論理的に破綻している。
一石を投じてみた作文のタイトルが「総括」であった。
これはかなり恥ずかしい凡ミスである。
「総括」
今回のスレは
色々と波紋を広げ一石を投じるものとなったようだ。