世の中にはどこにでも、多かれ少なかれ本音と建前のギャップがあります。たいがいの大人ならばそれを知っていて、本音を察知しつつ建前をうまく躱して生きているわけですが、学附を受験するような真面目な中学生なら、建前がすべてで、学校の仰ることには全面的に従わなければならない、学校のいうことに背くのは不良だ、と信ずる生徒もいるでしょう。
「なんで…」というご質問にお答えするならば、学附はそのような生徒に、世の中には本音と建前の2つがあって、学附では本音を自分で探求してそれによって行動すべきだ、という生き方を教えてくれているのでしょう。
同じことは、入学後の制服着用・校章装着義務の校則についてもいえます。
入学前から、生徒に自分の頭で考えるきっかけを与えてくれる。学附は、やはり素晴らしい学校です。受験生の皆さん、首尾よく学附に合格できたら、入学するに大いに値しますよ!
そんな深い考え無いでしょ。
学附にその件を問い合わせたら、
本校は第一志望校であるに違いないからなんて言ってましたよ。
完全に認識がズレている。
勘違いも甚だしい。
「本校は第一志望校であるに違いないから」というのが、まさに問題の建前です。
学附としては、その建前を否定してしまうと現校長の責任問題に発展し、東京学芸大学理事会は更迭を検討せざるを得なくなるので、建前を捨てられないのです。
本音レベルでの認識のズレは、勿論学附だって内心十分わかっていますよ。
そういうのを保身と言います。
質問者さんの仰る通り。
併願校に落ちぶれてしまったことを頑として否定したい現校長の保身のために、法的に無意味な「入学確約書」の提出が今年も求められるということです。
まあ、どうあがいても、3月10日にはすべてが白日の下に晒されるわけですが。
本当に物事の優先順位を的確につけることが苦手な学校なんですね。
簡単なことなのに。。。
物事を決める時の立ち位置が間違っているんでしょう。
1.生徒や保護者の立場をまず第一に考える。
2.制度を維持する側の立場をまず第一に考える。
どちらの立場に立って物事を判断するかによって、
導かれる結論は全く異なるものになります。
さて、学附はどちらなんでしょうか?
いろいろなしがらみがあると、「簡単なこと」も簡単ではなくなります。
すると、1.のように考えるべきところでも、2.の立場が前面に出てしまいます。
それで、おかしな結論が導かれるわけですが、それは建前。
学附のいいところは、建前はあくまで建前として、きちんと本音の逃げ道を生徒や保護者に残しておいてくれるところではないでしょうか?
その逃げ道のありかを、生徒や保護者が自分で嗅ぎつけられられさえすればいいのです。
入学確約書「遵守」も、制服着用や校章装着「義務」も、みんなおなじ、制度を維持するための建前です。
今年の新入生も、今からそこを意識して、本音への逃げ道をみつけておくのが、学附での身の処し方かもしれませんね。
>今年の新入生も、今からそこを意識して、
>本音への逃げ道をみつけておくのが、
>学附での身の処し方かもしれませんね。
旧来の日本的な考え方ですね。
本音と建前。
グローバル化した世の中でそれは通用しません。
そんな考え方では世界から取り残される。
そのような背景や考えにより教育を受ければ、
そのような価値観を持った旧来的な日本人に育つのでしょう。
ならば、そんな考えは今すぐに捨てた方が良いと思います。
本音と建前が、「旧来の日本的な考え方」であることには同意します。
西側欧米諸国では、本音と建前の使い分けが全然ないとは言いませんが、ずっと少ないでしょう。そして、本音と建前のギャップが生じた場合には、それを埋める努力がなされるでしょう。
それをしない考え方の日本は、既に世界から取り残されていることにも同意します。
もう日本は、経済についても社会についても、先進国とはいえず、次第に世界の中進国に凋落してきています。
そういう凋落しつつある国と同じやり方に今なおしがみついて、入学確約書だとか制服だとかについて受験生や生徒を指導しているのが、凋落しつつある高校、学附なのかもしれません。
しかしそれが解っていても、色々しがらみやら利権やらがあって一向に改められないのが日本という国です。学附という学校も同じではないでしょうか。
学附を受験したり入学したりする生徒や保護者は、この学附の教育方針をよく理解しておくのがよいと思います。
>そういう凋落しつつある国と同じやり方に今なおしがみついて、
>入学確約書だとか制服だとかについて受験生や生徒を指導しているのが、
>凋落しつつある高校、学附なのかもしれません。
>色々しがらみやら利権やらがあって一向に改められないのが日本という国です。
>学附という学校も同じではないでしょうか。
>学附を受験したり入学したりする生徒や保護者は、
>この学附の教育方針をよく理解しておくのがよいと思います。
完全に同意致します。
当然積極的に学附をお勧めするという意味ではありません。
教育理念には気を付けた方が良いという意味での同意です。
辞退してほしくなければ私立のように推薦・専願制度を導入すれば良いのに、と思います。
推薦・専願制度にすれば優秀な生徒の獲得が出来るんでしょうか?
優秀な生徒に教育するのが教育実験校の使命では?
>優秀な生徒に教育するのが教育実験校の使命では?
それは本当ですか?
優秀な生徒のみが教育実験校の対象なのですか?
↑失礼。言葉不足でダブルミーニングでしたね。
正確には
「どんな生徒でも優秀な生徒になるように教育するのが使命では」
です
>「どんな生徒でも優秀な生徒になるように教育するのが使命では」
その通りだと思います。
ならば
偏差値の輪切りにより上澄みを集めるのは本来の使命からはズレていますね。
生徒集めの方法から見直しですか。。。
なかなか良い併願校としてとどまって欲しい気もしますが。
優秀な生徒集めのため、首都圏外から勉強家の中学生を広く集めるという方法があります。
今日の試験でも、地方からはるばる受験しに来ていた中学生が目につきました。そういう中学生は、首都圏では見られない縫い付け名札を制服の胸につけていたりするので、すぐわかります。
そんな遠くからわざわざ学附に憧れ受験してくれるなんて… 思わず目頭が熱くなってしまいますね。
地方試験場を設ける、寮を設置する、など方法はいくらもあります。学校側にやる気がないだけです。
>今日の試験でも、地方からはるばる受験しに来ていた中学生が目につきました。
>そういう中学生は、首都圏では見られない縫い付け名札を制服の胸につけていたりするので、すぐわかります。
あなたは附高のご近所さん、もしくは附高の職員さんなのですか?
縫いつけ名札って個人情報保護の観点から地方でももうなかったと思うけど。妄想ですかね?
怪しいですね、この人の話は。
妄想の可能性が高い気がします。
妄想じゃないですよ。
中学生の縫い付け名札は、確かに首都圏や京阪神の大都市では個人情報保護からもうありませんが、地方ではまだまだ健在です。
グーグルで検索してみるとわかります。
しかも、縫い付け名札を義務付けるような中学は校則が全体に厳しいので、制服の上にコートやジャンパーを着て名札を隠すことができません。縫い付け名札が露出したままになります。
そういう生徒がはるばる学附を受けに来てくれているのです。
で、あなたは附高のご近所さん、もしくは附高の職員さんなのですか?
そんなことはどうでもいいんで、要するに、これ以上不毛な、日比谷や翠嵐との勝ち目のない争いは止めて、学附はもっと目標を地方の優秀な中学生に向けて生徒集めをすれば、立ち直りの手がかりをつかめるということです。
地方の優秀で真面目な生徒が多く学附に集まれば、変ないじめや服装の乱れもなくなり、学校の雰囲気もきりりとしてくるでしょう。
大変難しい改革に感じますが、もしそれが実現したら、
唯一無二の教育実験校になりますね。
内部生の扱いをどうするかも真面目に考えないと、
単なる絵空事になってしまいます。
大改革ですね、学附が一番苦手な仕事でしょう。
「内部生の扱い」という点からすれば、今の内部生枠の一部を、地方の国立附属中学出身者用に振り替える方法が考えられます。
地方の国立附属中には高校が無く、地元の県立進学校に進む例が目立ちます。このような優秀な生徒を、学附で確保するのです。
学芸附属中は
偏差値が相当に落ち込んでおり、これをこれまで通りの方法で高校に内部進学させていれば附属高校の更なるレベルダウンは避けられません。よって、この振り替え枠の創設は、内部進学者をもっと絞る為にも有効です。
>学芸附属中は
偏差値が相当に落ち込んでおり、
>これをこれまで通りの方法で高校に内部進学させていれば附属高校の更なるレベルダウンは避けられません。
>よって、この振り替え枠の創設は、内部進学者をもっと絞る為にも有効です。
その改革をした場合、今よりも学芸附属中の人気は更に低下してしまうでしょう。
内部進学者の優位点が激減しますから。
学附附属中の
偏差値は今よりも更に下がるのは明らかです。
首都圏の方々からは学芸附属中は敬遠されてしまうでしょう。
あなたの改革案は東京神奈川の首都圏からは最優秀層を集める事を諦めて、優秀な地方の国立附属中学生が集まる学校にするというものですね。
話を聞けば聞くほど実現性が無い夢?のレベルに感じます。
もはや学附だけでは改革は無理だと諦めていらっしゃるのでしょうか?
もっと地に足がついた地道な改革(改善?)の積み重ねの方が大切なのでは無いでしょうか。
あなたが学附の良い所として挙げた、『本音と建前』をまずは見直すべきだと思います。
真っ先に思いつくのは入学確約書の廃止ですね。
これは簡単に実現できるはずです。
入学確約書の廃止は、「簡単に実現」はできませんよ。
学附が「第一志望校であるはずだ」からこそ、確約書を要求しているのです。
その廃止は、学附が翠嵐などからみて目下の併願校になっているという冷厳な事実を、学附自身が認めて受け入れることを意味します。
これは、学校側にとっては、「地道な改革」への一歩ではなく、本格的な凋落への一歩に過ぎません。
>冷厳な事実を、学附自身が認めて受け入れることを意味します。
受け入れられないんでしょうね、
現実を。
世間はしっかりと見てますよ、
学附運営のやり方を。
いや2018年の入試までは確約書は公立高校の合格発表後だったから問題なかった。
不自然に公立合格前に変えたのは2019年から。
見事に「簡単に」日程を変えたんですから「簡単に」日程を以前に戻せばいいだけ。
それをやらないんだからまあ受験生いじめだな。
公立合格前に日程を変えたのは、附高が公立の併願校化してきたのを阻止しようという意図があったからでしょう。
最近併願校化はますます進んでいますから、以前に戻すなんてことはますます難しくなっていますよ。
受験生にとっては、確約書など無視すればいいだけなんで、別にいじめられてるわけじゃない。
附高の校則は服装でも何でも無視。自分の思うようにすればいい。それでオッケーな学校です。
>受験生にとっては、確約書など無視すればいいだけなんで、
>別にいじめられてるわけじゃない。
守られやしない無意味な書類を提出させるただ一つの目的は、
学附の面目を保つこと。
ただその一点。
学附の都合でしか無い。
受験生とそのご家庭にとってはストレスでしかない。
毎年受験生が新しく生まれてくるたびに、
実は学附の確約書出しても辞退できるんだよ、
と誰かが教えてあげなくてはいけない。
いつまでこのような事を続けるのか?
情けない話だと思いませんか?
仮に入学確約書が無意味な書類だとすれば、そのような無効な書類の提出を、面目を保つだけの目的において公式の入学手続きにおいて強要する行為は、その違法性が問われるのではないでしょうか。
それが受験生とそのご家族にストレスを生んでいるとすれば、入学許可権限をカサに着た一種のハラスメント行為であるといえます。
「情けない話」を通り越して、学芸大学理事会の法的責任が問われる案件ではないでしょうか?
受験生の保護者がどなたか訴訟を起こしてもよい気がします。